逓送の任務

25 山道


   捜索隊の足跡を追って、山道を歩くミノ。

   遠くから多助と川村がミノを発見。


川村

 あれ……カミさんでねぇか?


多助

 何?

 ホントだ。

 何やってんだ体壊したら大変でねぇか!


   急いでミノに駆け寄る二人。


ミノ

 あぁ、多助……あの人は?

 あの人見つかったかい?


多助

 いや、まだだ。

 それより……どうして出て来たんだ。

 ミノさん一人の体じゃねぇんだぞ。


ミノ

 心配で心配で……。


川村

 ……おカミさん……。


   ミノ、川村を見る。

   川村、破れ高丈を差し出す。


川村

 これに見覚えねぇか?


ミノ

 …………。


   ミノ、態度急変。


ミノ

 こ、これ……どこで見つけた!?


   多助と川村、互いに顔を見合わす。


多助

 平治郎さんのもんなのかい?


ミノ

 どこ?

 どこにあったんだい?


川村

 多助、カミさん連れて村に戻ってくれや。

 俺はこの事、皆に知らせに戻るから。


多助

 おお……気をつけてな。


   川村、元の道を戻って行く。




26 昆布森郵便局 夜


   山内、織田、中野、山口、金次郎、疲れた面持ちで戻ってくる。



ナレーション

 捜索二日目のこの日、津田書記官を中心とする釧路局捜索隊は、春採・桂恋の捜索隊と合流。

 高丈を発見した高山から昆布森方面へと捜索を進め、昆布森からも六十五名からなる捜索隊が海沿いと山道の二手に分かれて捜索したが、昼前に発見された破れた高丈以外に目ぼしい発見はなく、午後七時を以てその日の捜索を中断した。




27 昆布森郵便局 中


   鬼武局長の他、小林、岡本書記官が捜索隊を出迎える。


中野

 小林さん……岡本さん。


小林

 お疲れ様。

 どうだった。


   無言で首を振る中野。


小林

 ……そうか……。


山内

 何か進展は?


岡本

 昼前に高山の山中で、逓送人の物とされる破れた高丈が発見されました。


   ザワつく一同。


金次郎

 それで……平治郎……吉良は?


小林

 いや、その後は手掛かり一つ……。


   沈黙が続く。

   咳き込む鬼武。


織田

 しかし、たった一つとはいえ手掛かりが見つかったのは朗報。

 明日はこちら側からも高山へ集合し、付近を一斉に捜索すればきっと……。


   間。


中野

 ……そうですね。

 織田巡査。

 これから遠藤青年団長を訪ねて、明日の打ち合わせをしたいと思うのですが……。


織田

 では、ご一緒しましょう。


岡本

 中野……。


   手で制し、織田と出て行く中野。

   間。

   金次郎泣き出す。


山内

 石黒さん……。


金次郎

 私が……私が平治郎を誘わなければ……。


岡本

 いや、私があの日、無理にでも出発を止めていれば……。




28 金次郎宅 中 回想


   行嚢こうのうを背負う平治郎。

   石黒金次郎と妻。


ナレーション

 吉良平治郎が逓送の任務についたのは大正十一年一月十七日、請負人石黒金次郎に誘われた翌日からであった。


金次郎

 手続きは済ませてあるんだが……逓送夫に支給される制服など、来るまでに時間がかかるんだ。


平治郎

 急な仕事だ。

 仕方ねぇ。


石黒妻

 でも、そんな格好じゃあ……。


平治郎

 ん?

 あぁ……まぁ、大丈夫だベ。


金次郎

 馬には乗れたな?


平治郎

 あ、いや、今日は歩いて行こうと思うんだ。


石黒妻

 なんでまた?


平治郎

 道の確認をしようかと。


金次郎

 そうか。

 まぁ、今日は天候も穏やかだし、迷ったりはしねぇだろうが……。


平治郎

 じゃ、行ってまいります。


   と、出て行く。




29 山道 夜 回想


   左足を引き摺りながら山道を進む平治郎。




30 釧路郵便局 中 回想


   津田、戸を叩く音に気付き戸を開ける。

   疲れた姿で入ってくる平治郎。


津田

 やぁ、ご苦労さん。

 新しい逓送人の吉良平治郎だな?


平治郎

 ……へぇ。


津田

 どれ、手伝おう。


   と、行嚢をおろす。


津田

 改めて挨拶しよう。釧路郵便局の津田正尚まさなおだ。


平治郎 吉良平治郎です。


津田

 うむ。

 引き継ぎ手続きの説明の前に休みながらでいいから聞いてくれ。


平治郎

 ……へぇ……。


津田

 まぁ、そんなにかしこまるほどの事じゃないんだが……。


   と、平治郎に茶を差し出す。


平治郎

 ありがとうございます。


津田

 君の背負う行嚢には、様々な郵便物が入っている。

 その一つ一つが……たとえ新聞一枚、葉書一枚であっても、受取人にとっていかほど大切な物か計り知れぬものです。


平治郎

 へぇ……。


津田

 言わば非常時には命に代えてこれを守り通さねばならないのが、逓送の任務なんです。


平治郎

 命に代えて……ですか……。


津田

 少し言い過ぎかも知れません。

 しかし、途中で休むにしても決して自分の体から離したり、人に頼んだり預けたりせんように。

 無理な天候の日、体の具合が悪い時には休んでもいいが、仕事だけは自分の手でやって下さい。

 昆布森を行き来する馬に頼んだり、自分の家に二日も三日も留め置いたりせんように願いますよ。


平治郎

 へい。


津田

 冬の夜道は危険も多い。

 充分気をつけて、無理はせんようにな。


平治郎

 へい。


津田

 では、手続きの説明をしよう……。


   と、手続きを説明しだす。




31 石黒宅 中 回想


   平治郎、石黒の妻から外套や高丈を渡される。


ナレーション

 翌十八日は、石黒の妻が急遽用意してくれた防寒具に身を包み、馬で往復。




32 釧路郵便局 中 回想


   当直の山口が対応、平治郎から郵便物を引き継ぐ。


ナレーション

 吉良平治郎を呑み込む低気圧は佐渡沖に発生し、発達しながらゆっくりと近付いていた。

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