第2話 神と言葉のドッヂボール

 気がつくと、真っ白な部屋から家の近くの公園に場所が移動していた。

 移動したというか、一歩も動いていないので場所そのものが変化したという感じだ。

 目の前に居るのも、白いドレスの女神から、莉奈に変わっている。


 そういえば、あの話の微妙に通じない人、いや神はどこにいったのだろうか。

 公園を眺めてみるが、それらしい女性は見当たらない。

 あんな派手な衣装を着た女性がいれば一発で見つかるようなものだけど。


「もう、どうしたの? キョロキョロして」

「いや、どうしたのっていうかどうなってるのって俺が聞きたいんだけどね」

「わざわざ公園で待ち合わせなんてするから、本当にびっくりしちゃった」


 やはりここは例の公園らしい。

 そういえば、着ている服までいつの間にか替わっている。


「なあ、今日って何日だっけ……」

「本当に大丈夫? 十六日だよ? この日にって指定してきたの、しゅうちゃんじゃない」

「四月、だよな?」


 不思議そうな顔をしつつも黙って莉奈が頷いてくれた。

 つまりここは、去年の春の公園という事なのか。


「はい」

「うわあ!」

「しゅうちゃん、本当に大丈夫?」

「柊一さん、今貴方の頭の中に直接語りかけています」

「同時に話しかけてくるな!」

「……他に誰もいないよ、しゅうちゃん」

「そうだね、その通りだね」


 いきなり例の女神の声が頭に鳴り響いた。

 耳を介さず脳内に直接言葉が流れてくるのは、なんとも気持ち悪い。


「熱とかあるの? 平気?」

「平気、平気だからちょっと待ってね、今ちょっと取り込み中というか」

「今貴方は二〇一七年四月十六日にいます」

「話進めちゃうんだね、気にしないんだね。うんそういう人だよね。神だっけか」

「神様? 神社ならあっちだけど……」


 声に出してしまうと俺自身がどっちに向かって話しているのかまったくわからなくなってしまう。

 試しに心の中で返答してみる。


「これでも聞こえるか?」

「読み取れます」

「なんだこれは」

「心残りを消すために柊一さんの意識を二〇一七年に戻しました。さあ、どうぞ」

「何がどうぞなんだよ。これマジなのか現実なのか」

「現実の事象であると認識して頂いて結構です。改変された事はそのまま未来へ影響を及ぼします」

「じゃあここで告白とかしてオッケーとか言われたら、俺は死ぬ時まで莉奈と付き合っていたって事になるのか」

「なるかもしれません」

「そんな改変しちゃって大丈夫なのかよ」

「二〇一八年に貴方が死亡することで全て収束されるので、大きな影響は発生しません」

「ああ……そう……」


 タイムリープとか言う奴か。

 さすが神様、なんでもありだ。


「ねえ、しゅうちゃん。何か用事があったんじゃないの?」

「そ、そうだね、話があったというかしたいというか、ちょっと待ってね」

「さあ、早く済ませてください」

「そんなトイレ行ってこいみたいな感覚で言われても」

「ダメですか」

「というか突然過ぎるだろ。ちょっと一旦戻してよ頼むから」

「そうですか。では」


 言われてすぐに目眩のような感覚に襲われ、一瞬目を閉じた。

 目を開けると、そこはまた真っ白な空間に戻っていて、莉奈も消えてしまっていた。

 どうやら、戻ってこられたらしい。


「良かったのですか」

「あのな、告白なんかそんな簡単に言えたら苦労しないっつうの。呼び出すだけでも俺がどれだけ苦労したと」

「しかし心残りであると」

「あるからこそ難しいんだろ。わかんないかな」

「人の感情は難しいので」


 出来なかった事を彼女に八つ当たりしても仕方がない。

 とにかく過去に戻れるというのが本当だという事はわかった。

 心の準備をしっかりして、話したい事をまとめてから挑戦しよう。

 どうせ死んでいるのだから時間がないという事もないだろう。


「あれだ、とにかく突然目の前に立たれるのはだめだ」

「そうですか」

「どんだけ心の準備決めてもあれで一気にテンパる」

「言葉の意味がわかりかねます」

「緊張してしまって普段の力が出せなくなる」

「覚えておきます」


 しばらく頭の中でイメージトレーニングをしてみることにした。

 雰囲気はわかったのだから、後はどのように話を切り出すかだ。

 そしてどのような内容で告白すべきか。


「莉奈はさ、しっかりしてるようで、ちょっとおっとりしてるっつうか、トロい部分があるんだよ」

「はい」

「ちょっと察しが悪いというか……まあ、鈍いんだよな」

「運動能力が若干劣るのですか」

「そうそう五十メートル走とか苦手なタイプで、いやそうじゃなくて」

「違いましたか」

「そもそも運動の話してないよね? えっとさ、鈍いってのは……比喩を適切な意味に解析して理解する能力が若干劣ってるとかそういう感じの」


 どうして神相手に言葉の定義を教えてやらなければならないのだろうか。

 これで合っているのかもちょっと自信ないけど。

 俺が話す間、ずっと無表情な怖い目で俺を見つめて話を聞いている。

 興味があるんだかないんだかさっぱりわからないが、返事はするようになったので若干話し易くはなったかもしれない。


「では湾曲表現をせずに、直接好意を言葉にした方がよいという事ですね」

「そうなるよなー。でもな、付き合いが長い分今更直球で言うのも違うかなってな」

「鈍いのであればボールを投げると避けるのが難しいのでは」

「わざと間違えてる? ボールは、投げないね」

「投げないのですね」

「言葉を、投げかけるね」

「つまり、比喩表現ですね」

「比喩表現は知ってるんだ」


 莉奈も、ちょっとこういう勘違いをする事がある。

 さすがにここまで言葉を知らないわけじゃないけど。

 そういえば、この人って金髪碧眼なのに、顔つきはちょっと莉奈に似ているかもしれない。

 見た目が似ている事と性格が似る事はまったく関係ないけれど。


「お前が好きだーくらいの直接表現が一番いいのかなあ」

「今までの情報を考慮すると、その方が良いように思われます」

「でもそれが言えたら苦労はしねえっつうのな!」

「言うために呼び出したのではないのですか」

「まあ……そうなんだけど」

「それならば対峙した時にまず伝えるのが良いのではないですか」


 理屈ではそうかもしれないが。

 それが出来れば苦労はしないというか。


「いや、だってこう、シチュエーションとか雰囲気とか、あるじゃん?」

「そういう人間の情緒に関する部分は理解しかねます」

「やっぱりリハーサルとかした方がいいかな」

「事前の準備が必要だというのであれば、そうするべきなのではないかと」


 状況は、見てきているのですでにわかっている。

 再会してから莉奈がどういう風に話してきたかもわかっているから、それを含めて台本にしてまとめる事も可能だろう。

 


「……よし、もういいか」

「準備は万端でしょうか」

「全然万端じゃないけど、これ以上何か事態が好転するとも思えない」

「それでも覚悟は決めたという事ですね」


 この辺で決めておかないといつまで経っても話が進まないし。

 相変わらずこの女神は無表情に相づちを打つので興味があるんだかないんだかわからない。


「まあ、次は三度目だから、さすがにそこまでテンパらないだろ」

「三度目というのは」


 とうとう数も数えられなくなったかこの女神。


「さっき戻ったのが二度目だろ。もう一度戻れば三度目だ」

「少し申し上げにくいのですが」

「なんだよ、改まって」

「一度戻った時間には二度戻る事は出来ません」

「それ今言う!?」

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