12:ヒーロー

  《ヒーロー》



 甲殻歴1999年10月

 ヒューマンの戦争映画を見た我々は、戦争を中止した。

 休戦ではなく中止だ。


 世界各国の代表が集まって、長い長い話し合いが続いた。

 1年が過ぎ、2年が過ぎ、3年が過ぎた。


 3年の間、会議室では戦争危機が何度も訪れていた。しかし、我々はヒューマンではない。戦争はしない。


 各国の代表たちが会議に疲れ果て諦めかけた頃、1人の政治学者が会議への参加を求めて会議室のある建物を毎日訪問していた。


 そして毎日、政治学者は追い返されていた。



 会議室の外の世界は、終わらない平和会議が行われている事など知らなかった。

 世界は、終戦の喜びに浮足立っていた。

 人々の話題はもちろんヒューマンの戦争映画だった。

 肌が白いだとか柔らかいだとか気持ち悪いだとかカッコイイだとか、皆が口々に感想を言い合っていた。


 だが共通して言えるのは「もっと見たい」だった。


 DVDの映像データを解析した解析研は、完全隔離施設となっていた。

 解析研の中で働いている者は外出が禁止され、外部との連絡も禁止された。情報漏洩禁止だ。


 ヒューマンの作った映像は、我々にとって刺激的だった。

 我々にも映像文化はあった。しかし戦争を続けていた我々の映像文化は、ヒューマンの映画に比べれば、つたない物だった。


 軍部はたしかにヒューマンの戦争映画に強い衝撃を受けた。だが同時に、戦争映画のデータ3枚で、世界の戦争を終わらせたヒューマンの映画の影響力を恐れていた。


 慎重に取り扱わなければならない。


 そう結論を下した軍部は、データの解析作業に当たっている数名ごと、解析研の施設を隔離した。


 そして解析研の施設には優秀な専門家が呼ばれた。学者が3人。心理学研究と、映像文化研究と、ヒューマン文化研究の学者だった。


 隔離された施設での、極秘の仕事。


 それは毎日、非常に楽しかった。

 新しく解析が終わったヒューマンの映画を見ながら、毎日会議が行われていた。


 スキャンは1枚1日程度かかるから、1日1本新作映画を見て感想を言う仕事だ。なんて素晴らしい仕事だ。


 集められた3名の学者の中で、心理学研究の学者は、ヒューマンの映像から我々が受ける心理的衝撃や、社会的影響を分析していた。

 映像文化研究の学者とヒューマン文化研究の学者は驚くばかりで、いまいち使い物にならなかった。


「劇場版?どういう意味でしょうか。」ヒューマン研が画面を見て言う。

「おっとこれはすごい!」映像研が驚く。

「襲ってきたのは明らかに敵ですね。」ヒューマン研が食い入るように画面を見る。


「バイクに乗ったヒューマンが来た!」映像研が驚く。

「変な形ですね。我々の知っているバイクと違いますね。」ヒューマン研が言う。


「なんだこのベルトは!」映像研が驚く。

「ヒューマンが我々のような顔になりましたね。」ヒューマン研が言う。


「なんだこの謎の武器は!」映像研が驚く。

「この剣はプラスチック製でしょうか。」ヒューマン研が言う。

「剣で切ったのに爆発が起こる!」映像研が驚く。


「公園でこんな戦いをしていいんでしょうか。」ヒューマン研が言う。

「切れない!なんという硬さだ!」映像研が驚く。

「見た目はブヨブヨですが。」ヒューマン研が言う。


「ビーム兵器で攻撃して着弾点で爆発が起きる!」映像研が驚く。

「ビームなんでしょうか、砲弾なんでしょうか。」ヒューマン研が言う。

「戦争映画には出てこなかった超兵器だ!」映像研が驚く。

「直撃したのに死にません。」ヒューマン研が言う。

「すごい威力だ。」映像研が驚く。

「威力は見た目より弱そうですよ。」ヒューマン研が言う。


「必殺武器が蹴りだと!」映像研が驚く。

「足で蹴ったのに爆発しますね。」ヒューマン研が言う。

「ふう、やっと倒したな。」映像研が安堵する。


「場所が変わりましたね。」ヒューマン研が言う。

「秘密基地だと!」映像研が驚く。

「狭いですね、小さいですね。」ヒューマン研が言う。

「これがレンガ人が夢に見た秘密基地だというのか!」映像研が怒る。


「この敵のブヨブヨの皮膚は何でしょうか。」ヒューマン研が言う。


「着ぐるみだな。」今まで黙って見ていた心理研が言った。


「ヒューマンはこんな戦いを繰り返してたんでしょうか。」ヒューマン研が心理研に聞く。


「作り話だな。」心理研が冷静に言った。


「なんだと、裏切りだと!」映像研が驚く。

「主役はどれなんでしょうか。」ヒューマン研が言う。

「ヒヤっとさせるな!」映像研が安堵する。

「また場所が変わりましたね。」ヒューマン研が言う。


「お、この黒いやつ、お前に似てるな。」心理研が言った。


「そうでしょうか。」ヒューマン研が言った。


「似てるよ。」心理研が言った。


「同意しかねます。」ヒューマン研が言った。


 彼らの見ているものは、変身ヒーロー物であった。

 変身ヒーローは変身をすると我々に容姿が少し似る。

 中でもバイクに乗ったヒーローたちは色こそ派手だったが我々によく似ていた。


 他にも、映画やアニメに出てくる敵の中に、我々に似ている者がいた。

 火星でゴキブリと、昆虫の能力を使って戦うやつもあったが、あれは似ていない。外皮がもっと硬くないとな。


 1年をかけて300本ほど映像をチェックし、建物内の隔離メンバー全員、専門家と解析研のメンバーも交えて会議を重ねた。

 世間ではもう4000本発見の情報が出回っていた。トンネル作業員の誰かが漏らしたのだろう。


「そろそろ出さないとまずいですね。」ヒューマン研が言った。


「子供向けのこのシリーズだろうな。」心理研が言った。

「よっしゃ!」映像研が大声を出した。「テレビシリーズか!」

「若いやつが喜びそうだし、我々の姿に変身したようにも見えるこれならば、ヒューマンを身近な存在に感じるのではないかと思う。」心理研が言った。


「全話いっぺんに出すの?」映像研が言った。

「いや、1か月に1枚分がいいだろう。」心理研が言った。

「12か月もかかるよ、1年以上だよ!」映像研が言った。


「じっくり見たほうがいいんじゃないかな。」ヒューマン研が言った。

「一気に見たんじゃもったいない!」映像研が言った。


「反対は無しでいいかな?」心理研が言った。

 反論は無かった。


「大佐殿、これに決まりです。」心理研が後ろにいた軍部の大佐に報告した。仕事のなくなった軍部の大佐の一人が、毎日映像を視察しに来ていた。


「うむ、では日本国はこれを月に1枚分ずつ、1年と2か月をかけて世界に向けて配布する。」大佐が言った。「その間、世間の動向を観察し、十分に注意し、次の候補を考えるように。」


「隔離終わりでいいんですよね。」ヒューマン研が聞いた。「外に出ていいんですよね。」

「駄目に決まっているだろう。」大佐が言った。


「そんなあ。」全員が言った。


 この後、世界でヒーローブームが起こる。

 メスしか使っていなかったボディー化粧塗料をオスたちも買い込み、世界はカラフルになった。

 世界は正義であふれ、悪は滅ぼされた。ように見えた。


 日本国の密かな企みは成功した。

 世界の裏で続いている平和会議の戦略だった。


 無料で配布を続ける日本語のヒューマン文化。12か月で世界の公用語は、日本語になった。


 ヒーローブーム、日本語ブームの中、平和会議は終わった。


 その後、世界は各国平等の精神のもと、統合される。

 統合政府により、世界の共通語はニホン語と制定された。


 戦争を半永久的に終わらせるには、統合が一番。統合されれば国の有利不利など関係ないのだ。それを代表たちに教えて説得したのは、一人の政治学者であった。


 会議室のある建物に、参加を求めて毎日訪問し、追い返されていた政治学者の彼であった。


 日本国は日本島になり、漢字の地名は難易度が高いものが多かったため、カタカナに統一された。





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