⑧ 約束は、いつか必ず守られる

「――何故だ! どうして永遠の命を望まない! 愛しい人が蘇る、そんな空前絶後の機会をどうして自ら見逃そうとする! 気でも狂っているのか貴様は!」


 少女は甲高い声で、墓地全体に響くような大声で喚き散らした。


「人はいつか必ず死ぬ! 永遠など夢想に過ぎない! 貴様は在原と過ごした日々を取り戻したいとは思わんのか!? 愚か者め、一時の強がりが一生の後悔をもたらすとも知らずに――」


「愚か者も気狂いも、全部貴女のことじゃない。死んだ人間が蘇る? それが一体何だって言うの」


 そう。

 在原が生き返ったところで、何もならない。

 

 何故なら在原は、と思うから。

 そんな人間を蘇らせたところで、一体何になるというのだろう?


「し……死にたがっていただと? そんなもの、最強の屍になってしまえば憂うことなど何も――」


 言いながら、少女も気が付いたようだった。

 自殺志願の人間に、無限の命を与えるという残酷さに。


「もし在原を最強の屍として生き返らせてしまったら、きっとすごく怒られると思う。「なんて余計なことをしてくれたんだ」ってさ」


 思い出す。在原のとても嬉しそうな顔を。

 殺してあげようか、と訊ねたときのあの顔を。


 思い出すことが出来て、本当に良かったと思う。

 もう少しで私は、取り返しの付かない間違いを犯すところだった。

 選択を誤らなくて、本当によかった。

 そのことに気が付けた時、思わず泣いてしまうくらいに嬉しかった。


「……私も在原も、やりたいことなんて何一つなかった。ずっとと思い続けてきた。その孤独だけが、私たちを結ぶ符号だった」


 そんなことは無い、命は大切だ、君を必要とする人が絶対にいる。

 だから死んではいけない、死は悪だ。

 それが一般的な常識で、誰も否定なんてしないだろう。


 だけど在原は、否定してほしかったのだと思う。

 否定されることで、本当になりたい自分になれると思っていた。


 そして私は、そんな在原のことを好きになってしまったのだ。

 永遠の命を手に入れた途端、在原は輝きを失ってしまうだろう。


 全ては始まって、終わるのだ。

 人が死ぬように。恋が散るように。

 彼がそうであるように。私がそうであるように。


「……なんというおぞましい人間か。お互いがお互いを否定しあうことで、お互いがお互いを殺す約束をすることで、ようやく心の平穏を得られる……貴様らは阿呆じゃ。救いようのない馬鹿じゃ」


 少女は、苦渋に顔を歪ませて、私を睨みつけた。


「だが、貴様はどうする? 貴様を殺してやると約束した在原は、もういない。死んだんじゃ。支えは失われた。貴様は奴とのおぞましい約束に縋りついて、どうにか生きてこれたに過ぎない。貴様は弱い。奴を生き返らせるという選択を放棄した今、自力で歩けるわけがない。……まさか、奴の後を追って自殺するとでも言わんじゃろうな?」


「まさか。自殺なんて勿体ない事、するわけないでしょう」


 全く、この少女は。

 人の記憶が読めると豪語しておきながら、肝心なことを分かっていない。


「人は必ずいつか死ぬ。だけど、約束まで無くなってしまうわけではないもの」


 そう。

 彼はいつかきっと、私の前に現れるだろう。地獄の底から、禍々しい鎌でも引っさげて。


 なんせ彼は、

 いつか私を、否定しに来てくれるだろう。死という形を纏った姿で。


 ならば私は、楽しみに待つとしよう。

 いつか死が訪れる、その日まで。


「最強の屍よりも、そっちの方がロマンチックじゃない?」


 にこり、と私は微笑みながら、そう言った。

  

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