この時間遡行に終止符を

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第1話

 綺麗だった街並みは、見渡す限り瓦礫の山。

 二人並んで夕日を見たあの丘も、今は形も無いだろう。

 真っ赤に燃え盛る炎の壁が、辺り一面を覆い尽くしている。

 何故だろう。

 炎がこんなに近いのに、身体は熱さを感じない。

 ああ、そうか。

 コレは私を守るあの子の炎だ。

 私はまた、あの子を一人残してしまう。

 動かない身体。

 不意に死を実感した時、身体中が一気に冷たくなっていくのを感じた。

 ああ、たった今思い出した。

 私が何度も死んでいること。

 そして私が死んだ時、世界の時間が巻き戻り、ずっとループを繰り返していることを。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 また私は失敗した。

 あなたをまた、ひとりぼっちにさせてしまう。

 ごめんなさい。

 ふと、脳裏に彼女の笑顔が過ぎる。

 「ーーー!」

 私の名前を呼んで、微笑む少女。

 華奢な体で、それでもこの世界を守ろうと最後までソコに有り続ける。

 今も一人、戦い続けているであろう彼女。

 私を守りながら。

 ボロボロになって、血をたくさん流しながら。

 何度も倒れて、それでも立ち上がろうと前を向いて。

 フラフラになっても尚、そこで倒れることを絶対に良しとしない。

 この世界の光のような彼女を。

 イヤダ。

 嫌だ。

 こんな世界にあの子を一人ぼっちにするなんて。

 嫌だ。

 嫌だ。

 こんな世界をあの子一人に背負わせるだなんて。

 ああ、今度こそ。

 あの子と共に。

 いいえ、あの子為に。

 最後まで一緒に立ち続けていたかったのに。

 ごめんなさい…。

 炎の壁に包まれて、重い瞼をフッと閉じた。


 どれだけの時が過ぎたのだろう。

 ふと、身体がふわりと持ち上がり、力強く抱きしめられた。

 「ーーー!ーーー!」

 薄れゆく意識の中で、誰かが名前を呼んでいる。悲鳴にも似たその声に、最後の力を振り絞り、瞼を開いた。

 霞む視界に映るのは、月明かりに照らされて靡く、紅の髪。

 この世界でたった一つの、自分だけの紅い宝石。

 逆光で表情は見えないが、自分の顔に降り注ぐ温かな液体で、彼女は泣いているのだろうと想像が出来た。

 「……泣かないで……」

 そう、彼女に微笑みかける。

 今も尚、その体を燃やし続けて、自分を守ろうとしている彼女へ。

 「ごめんね……」

 声が掠れる。

 彼女が自分の右手を取り、嫌だとばかりに首を振る。

 視界の端に映る自分の右手は、真っ赤な血で染まっていた。

 ああ、やはり。

 自分はこれから死に逝くのだ。

 喉が焼けつくように痛む。

 血がせり上がって来ているのだろう。

 口の中が鉄の味でいっぱいになった。

 それでもソレを吐き出すまいと無理矢理飲み込んだ。

 血など吐けば、更に彼女の顔が曇ってしまう。

 「……泣かないで●●……。大丈夫……。私はずっと……」

 あなたの傍にいるわ…。

 最後は言葉にならなかった。

 その代わりに、ヒューヒューと息が漏れる。

 ああ、最後くらい。

 彼女の笑顔が見たかったのに。

 ガラスのように透き通った紅の瞳に。

 大きな真珠のように輝く涙をいっぱいに溜めて。

 そんな顔をさせたい訳じゃない。


 笑って。

 私が居なくなっても。

 どうか笑って生きて。

 私はずっと、あなたの傍で見守っているから。

 どんな時でもあなたの隣にいるから。


 「ーーー!!!!」

 彼女の悲痛な叫び声を聞きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

 身体は泥に呑まれたように重く、もう瞼すら動かない。

 暗闇に意識が飲み込まれていく。

 ……大丈夫。私とあなたはずっと一緒……。


ー◆ー


 ガタン!

 不意に体が大きく揺れ、彼女ーー「望月 もちづきあおい」はハッと目を覚ました。

 その瞬間、頰に涙が零れ落ちた。

 (あれ?私…どうして泣いて…?)

 涙の意味が解らず、服の袖でゴシゴシと乱暴に涙を拭った。

 ここは電車の中。この車両には、自分以外に人の気配は無い。

 涙を零しながら寝ていたとしたら、それは不審以外の何者でも無い。

 (誰も居なくて良かった…)

 大きく息を吐き出しながら車内を見回し、ふとドアの上の電光掲示板に目を向ける。

 「現在三十分遅れで運行中」

 窓の外を見ると、どうやら電車は止まっているようだ。あの揺れからすると、緊急停車でもしたのだろう。アナウンスはまだ流れていない。

 (なんだか懐かしい夢を見た気がする…)

 「懐かしい」そう感じた自分に少しだけ違和感を覚える。

 自分はまだ十六歳。

 夢で見た、あの場所に覚えなど無い。戦場に出た覚えもない。

 むしろ、これからその戦場へおもむく為の養成学校へ通うのだ。

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