勇者の絶望 その1

 フロランとパイセン。二人は抱き合ったまま重なり合うように倒れ込んだ。


 訪れた静寂。


「パイセーーーーーーン!!」


 オレは叫びながら駆け寄る。とはいえ、オレのダメージも大きい。足下がおぼつかず、なんども転びそうになりながらパイセンの元へ。そうして近づくと焼け焦げた匂いが鼻をついた。


「パイセン……パイセン。なぜこんなことを……」


 二人を引き離し、パイセンの肩を揺らす。意識がない。

 その胸に耳をあてる。呼吸がない。心臓がとまっている……。


 なにか回復薬があれば……。そうだ『いきいき不死鳥フェニックス卵黄』があったはず。パイセンの上着を探す「あった、これなら……」オレは祈るような気持ちでカプセルを口に含ませる。


 オレを何度も救ってくれたパイセン。こんなところで失うわけにはいかない。まだまだ教えて欲しいことが沢山あるんだ……。典型的なダメ転生勇者だったオレを導いてくれた大恩人。リエルにもちゃんと会わせたい。きちんと紹介をしたい。

 ……あ、その前にリエルに気持ちを伝えないと。でも大丈夫かな? またムリとか言われないだろうか。だったら別にこのままでも、いっしょに居られるだけでいいし……って、いまは、そんなことを考えている場合じゃない。パイセン。頼む。生き返ってくれ。頼むから……。



 ☆



「うっ……うん? ここはいったい……タカユキ、さん?」


「!? パイセン!」


「……そうですか。わたしは、まだ生きていましたか」


「よかった、生きていた。よかった! パイセンッ!!」


 オレはパイセンを抱きしめる。力が入りすぎたのだろう、パイセンが咳き込む。


「ゴホッ……だいじょうぶです。ん? そうだフロウ! ……わたしのことよりも、フロウはどうなりましたか?」


「フロウ? 何のことですか?」


 パイセンは聞き返したオレをスルーして、近くに倒れている女神の様子を確認している。どうやらフロウというのはフロランのことのようだ。


「そうですか、やりましたか……。やっと彼女を止めることが出来た。これで終わらせることができた、やっと……。フロウすまない、ほんとうに申し訳ない。君にこんなことをしてしまい、ほんとうに」


 安堵した表情をうかべるパイセンがフロランの両手を握った。慈しむまなざしからあふれだす涙。しわがれた頬をつたい、すうっと女神の頬に落ちる。


「これはいったいどういうことですか? パイセンはフロランのことをしっているんですか? ここに来た意味は? オレにはなにが何やら……」


「そうですねタカユキさん。全てを話します。彼女、フロウ……いえ、女神フロランを倒すにはこうするしか無かった」


「倒すって……そこまで酷いことをしていたでしょうか? イケメン君と遊ぶことがそこまでの悪だとは思えませんが。イケメンは悪そのものですが」


「理由はながくなるので、あとではなします。とにかく倒さねばならない相手だった」


「フロランが倒さねばならなった相手」真剣さが伝わってきたオレは素直に頷く、いまはパイセンの話を聞くことにしよう。


「わたしたち勇者がもつように、女神も闘気をもっています。それが女神闘気メガミックオーラとよばれるものです」


女神闘気メガミックオーラ……」


「その闘気は神のバリアといったもので、物理や魔法を問わず全攻撃を弾く最強の防御手段。まさに神が神たる所以です。わたしたち人間がもつ攻撃能力では倒すことはおろか、ダメージさえも与えることはできません」


「フロランって、そんなすごい能力もってたんだ……」


「わたしは考えました。倒すには女神闘気メガミックオーラがもつ防御力と同等かそれ以上の攻撃が必要だと。つまり女神には女神を……。しかし、知り合いの他の女神に頼んでも無駄でした。とうぜんでしょう、なんのメリットも無いうえに仲間同士ですからね」


「いや、そこでフツーはいないですけど……他の女神の知り合い」


「一般に女神は魔法も操りますが、女神の力そのものを雷撃のように放つ最強の攻撃方法があります。それが『女神の稲妻メガミックライトニング』これを当てることができれば……あるいは」


 『女神の稲妻メガミックライトニング』オレたちを苦しめたあの稲妻か……納得だ。オレかパイセンどちらが欠けても確実に死んでいたことだろう。って、そうか。そういうことか!


「フロランから『女神の稲妻メガミックライトニング』を引き出し、それを受ける対象が必要だった。抵抗力の低い常人では瞬時にこの世から消えてしまう。それでは都合が悪い、すくなくとも人間最強レベルの力をもつ存在がいる。この為にタカユキさんが必要でした。タカユキさんが抵抗している間に、わたしが飛び込んで稲妻の軌道を逸らす、彼女の放った稲妻を彼女自身に当てる。つまりは、女神を倒すために貴方を利用したんです。……ゆるしてください」


「ゆるしてくださいだなんて、そんな……」と、オレがいいかけたところで――


 ヴンッ――と、映像が切り替わるように景色が変わった。


 今までとはうってかわり、木漏れ日のようなやわらかな光に包まれた空間にオレたちはいた。どこまでも淡くて白い空間に……オレにはいちど覚えがある場所。


「女神空間。……そうですか、フロウはまだ生きています」


 パイセンの声に反応するように動いた人影。


「ぐっ、おのれ人間風情が舐めたことをしてくれる」よろよろと立ち上がったフロラン「じじい。あんた、何者だ!」


「フロウ。もう止してください」


「……フロウ? その名であたしを呼ぶ人間。もしかして、お前は」


「君はそんな女神じゃない。そのことはわたしがよく知っている。あのころの君にもどってください。わたしと出逢ったころの君に……人々の安寧を心から望む純真無垢な女神に。もう終わりにしましょう」


「!? やはりマサユキ。死んだはずじゃ……まだ生きていたなんて」


 ……マサユキ。パイセンが呼ばれたその名にオレも聞き覚えがあった。オレが幼い頃に失踪した父親の名前。こんな偶然はありえない。これって……。


「……あの、もしかして、パイセンって?」


 なんとも言えない表情をみせたパイセンが重々しく口をひらく。



「わたしはあなたの父なのです」

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