2.路地裏の少年

 迷路のような住宅区の路地を少年は足早に歩いていきます。女神さまも青ざめたお顔でおとなしく引きずられていきます。女神さまにおかれては「ちんちくりん」と言われたことがそれはそれはショックだったごようすです。


 金髪の少年は更に裏路地を進み、居並ぶ家屋の中でも更に小さく粗末な家の中へと入っていきます。入り口を入るとすぐ中庭で、その井戸端で食器の片付けをしている少女がひとりいました。


「エレナ」

 金髪の少年が呼びかけます。この黒髪の少女はエレナという名前らしいです。

「テオ? 忘れ物?」

 顔を上げた少女は少しびっくりしたようにきょとんと眼を丸くしました。金髪の少年はテオっていうのですね。


「すまない。これとこいつを置いてくからよろしく頼む」

「わあ、リンゴがいっぱい……この子は?」

「このリンゴの代金分こき使ってやれ」

 それだけで事の次第を察したふうで、エレナという少女は微笑んで頷きます。

「おれは急がなきゃ」

「うん。行ってらっしゃい」


 井戸端に取り残された女神さまは、そこでようやく我に返ってテオが消えた門前を睨みつけます。

「くううぅぅ。なんなのじゃ、あやつは。えらっそーに!」

「あ、ごめんね。テオっていつもあんなだから……」

 エレナが律儀に反応してくれます。


「わたしはエレナ。あなたは?」

 その言葉に女神さまはくりんとおからだごとエレナの方を振り向かれます。

「名前を聞いたか? わらわの名前を」

「え、ええ」

「よろしい。教えてやろう。わらわこそはうるわしの女神、その名も……」

 そこで女神さまは声を詰まらせ咳き込まれました。


「大丈夫?」

「わらわの名は……」

 また咳き込んで喉を押さえられます。

「あ、お水を……」

 慌ててエレナが差し出したお椀からお水を飲み、女神さまはぜいぜいと息をつかれました。


「大丈夫? 具合が悪いの?」

「なんでじゃ……」

 心配して問いかけているエレナを無視して、女神さまは深刻な顔でうつむかれます。

 やがてキッと目を上げると後も見ずに走りだし、裏路地へ飛び出して行ってしまわれました。

 その姿を見送ってエレナは呆然としています。


 ああ、もう。しょうのない御方。わたしはやれやれと女神さまを追いかけます。

 無数の狭い路地のどこに女神さまが入り込んでしまわれたのか。わたしは背中のはねを目いっぱい羽ばたかせて軒並みを見下ろせる位置まで上がります。


 するとさほど離れていない道の先細りの部分で、女神さまがうずくまっておられるのがわかりました。いくら「ちんちくりん」なお姿になってしまわれたとはいえ、わたしにとっては光り輝く御方。見失う訳がないのです。

 舞い下りて女神さまの肩先からようすを窺います。


「なんでじゃ……どうしてじゃ……」

 女神さまは両の手に顔を埋めて呻いておられます。この事態に、さすがの女神さまもへこんでいらっしゃるようです。

 お可哀そうに。おでこの方に回ってつんと前髪に触れると、はっと女神さまは顔を上げられました。

「ティア!」

 途端にわたしは、ぱふっと女神さまの両の手に捕らえられてしまったのです。

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