終わりの中の始まりの物語。

これは荒廃した地球を主な舞台としたSF群像劇です。

この物語の地球は、人類が生活するために不適切な土地と成り果てています。自然の恵みは壊滅し、文明は瓦礫となれ果て、砂漠と砂埃と火山灰の中に覆われ、ヒルコ症と呼ばれる伝染病がはびこっています。

こうなった直截的な原因は何なのか、原子力発電所が大爆発を起こしたためなのか、それともそれ以外の原因が折り重なったためなのか――。ともかくも、人類は地球を棄てて月へと移住しました。しかし、移住のための最後の宇宙船が出て十年――地球には、まだまだ取り残された人々が生活していました。

棄てられた大地、棄てられた人々。もはや猛威でしかない自然と伝染病とに身をやつしつつも、人々は静かに終わりへと向かっています。

そんな物語の主人公の一人は、ナギと呼ばれる半陰陽の少年です。彼は、双子の妹であり同じく半陰陽であるナミと共に、共同体の特別な存在として祀り上げられ、『神の化身』と呼ばれています。ただし、それは絶望的な生活を強いられた人々が創り出した根拠のない迷信でもあります。ナギ自身は、祀り上げられることに空虚感を抱いており、それどころか、自分は誰よりも役に立たない存在ではないかと非常に強い劣等感を抱いています。

しかし勘のいい人ならばすぐに気づくでしょう――ナギ・ナミ・ヒルコなどという言葉が、日本の創世神話に出てくる固有名詞を元にしていると。

これは、終わりの中に息吹く始まりの物語なのです。

絶望的な大地と激しい劣等感に囚われたナギ――しかしあるとき、ふとしたきっかけから、行商人であるコウの旅へついてゆくこととなります。そしてその旅の途中で見つけたものは、ある人物が残した熱い「思い」でもありました。

この「思い」を一つの大きな軸として、物語は大きく動いてゆきます。

それが一体何であるのかは、ここで書くことは憚られます。しかしそれは、この荒れ果てた大地に芽吹く一つの希望であり、一つの命の形でもありました。

非常に過酷な大地で生活を送る人々、そんな彼らの中で交錯する期待の視線や侮蔑の視線、人間関係の中で押し潰されそうな感情を抱える登場人物たち。世界観は非常にリアルであり、登場人物たちの息が伝わってくるようなしっかりとした文章で物語は紡がれております。

しかしそんな中にあって、どこか不思議な、マジックリアリズム的な雰囲気が漂っていることもまた事実であり、それも物語の大きな魅力の一つです。

はたして、物語の軸となる「思い」とは一体なんでしょうか?

そして、死にゆく大地の中で生まれる命の形とは?

このレビューを目に留められた方は、ぜひともこの物語を読んでください。きっと、生命の神秘と、切なさと、我々がここに生きているという実感が与えられることでしょう。そして、あちこちに散りばめられた伏線に驚かされ、物語に惹き込まれるに違いがありません。

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