第6話 名声揺らぐ買い物

 魔族領・国境付近・アウス商業地区にて。


「すまない、薬を買いたいんだが……」

「はいよ、いらっしゃい!」


 カジは女冒険者を治療するために必要な魔法薬を買い揃えるため、砦近くの商業街へ訪れていた。


 その間、女冒険者は森の近くへ隠すようにして眠らせてある。魔族やモンスターに発見される心配はない。応急措置も施してあり、しばらく命は保つはずだ。


 近くの砦から薬品を調達しようかとも思ったが、砦は後輩ラフィルの管轄だ。普段から備品の管理は厳しく、物資を持ち出そうとすれば確実に彼にその情報が届いてしまう。

 カジに執着するラフィルのことだから、きっとカジに持ち出す理由を激しく追求してくることは容易に想像できる。口が裂けても「女冒険者を治療するためだ」なんて言えないし、許可も下りない。もし彼女に冒険者の存在が知られれば、武器を持ってあの女を殺しに来る。


 普通、捕らえた冒険者は、処刑したり、ボロボロになって死ぬまで奴隷として使い果たしたりする。病気になっても放置するし、怪我をしても手当てなどしない。


 そういう風潮からして、絶対に「女冒険者に助けられたから助けた」なんて言えない。そもそも冒険者に助けられるなんて話は前例がない。彼女を助けたことに後ろめたさはあったし、カジ自身もどうしていいのか分からず戸惑っている。


 だから、カジは魔法薬を市場で購入するしかなかった。

 店なら金さえ払えば用途について細かく言及されることはない。冒険者のために自腹を切るなんてどうかしているとは思ったが、あのマヌケ過ぎる女に多少の興味が湧いていたのは確かである。


 いざとなれば、研究機関なり見世物小屋なりにでも売って薬代を返してもらえばいい。そのために治療するのだ。


「そこの回復促進薬と、その横の栄養剤を三つずつくれ」

「あらお兄さん、身内に大怪我した人でもいるのかい?」


 一度にこんなに大量の魔法薬を買う客なんて珍しい。店員は怪訝な表情でカジの顔を覗き込んでくる。


「まあ、そんなところだ」

「医者はもう呼んだのかい?」

「ああ。必要な措置は一通り済ませてあるから心配は無用だ」

「ならいいんだけどね」


 カジは代金を払い、受け取った商品を布袋に詰めていく。

 魔法薬というのは一般市民にはなかなか手の出せない高価な品だ。しかし、その分効果は絶大で、多くの軍事関係者から重宝されている。これを使えば、あの女も回復するだろう。


 正直、こんなものを買うくらいなら美味い飯でも食べに行きたいような気もしたが、金なら後で必要経費として報酬に上乗せするようマクスウェルに頼めばいい。アルティナの任期が終わり次第、贅沢三昧な生活を堪能してやるつもりだ。


「ありがとよ、お兄さん! また同じ品を仕入れておこうか?」

「よろしく頼む」


 こうして、カジは店を出た。


 そのとき――。


「お、カジではないか?」

「え?」


 店の前を歩いていたのは、黒いオーバーコートを纏った初老の男。

 仕事の依頼者であるマクスウェルだった。


 なぜ、ヤツがこんな場所に!

 まずい……!

 まさかこんな場所で彼に遭遇するなんて……!


「こんなところで会うなんて奇遇ですね、師匠」

「いやぁ、アルティナがな、ここでしか買えない名産品の菓子を食べたいと言い出してなぁ。その買い物でこっちに来たんだよ」


 また孫の頼みかよ!

 と、カジは内心呆れていた。

 マクスウェルは新魔王アルティナの我が儘に踊らされ、偶然近くを通りかかったのだろう。彼はカジの手に持った袋を見ると、首を傾げた。


「そっちこそ、何を買いに来たんだ?」

「か、回復促進薬を……」

「出掛ける前に充分持たせたはすだが?」

「せ、戦闘が立て続けに起きたので、手持ちが少し心許なくなりまして……」

「ほぅ、そうか」


 魔族陣営に女冒険者のことを知られないよう、わざわざ商業街まで出向いたのに、ここで知られてしまっては水の泡だ。

 冷や汗が額に吹き出す中、魔法薬の購入理由をそれらしい言い訳で誤魔化していく。


「まあ、報告も聞きたいし、そこの店でゆっくり話さないか」

「そ、そうですね……」


 本音を言えば、一刻も早くマクスウェルとは離れたかったが、元上司の要望をすっぽかして逃げ出すなんてことはできない。そんなの失礼だし、彼を不機嫌にさせてしまう。


 こうしてカジは、自分の地位や名声を懸けた外食へ足を進めたのである。

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