第2話 Lorelei

今現在世界では日本が中心に開発し大流行している現実とは異なる世界、つまり仮想ネットワーク世界を使ったファンタジーゲームがある。

仮想オンラインゲーム『サイレンス・ナイト』。

プレイヤーが人々から夜を奪う者、『夜喰ナイトイーター』と名付けられたモンスターを『光魔イリュミナ』と呼ばれる使い魔を使役し人々を守るという設定の物語。

プレイヤー達はこの世界で唯一、『夜喰』と戦える『静寂の騎士サイレンス・ナイト』として世界を救う為に日々、戦っている。

今このゲームが世界的に大流行しているその訳は、数ある仮想オンラインゲームの中でも世界観の作り込みと広さ、キャラクターアバターの作成技術が優れているからだ。

そして何よりも特筆すべきはプレイヤー1人のみに与えられる特別なパートナーキャラと専用武器、衣装が全100個だけ存在するという事。

仮想オンラインにしては珍しく課金システムを採用していてガチャを回すとパートナーキャラや武器、衣装などが個別に排出される。

その中と、超難易度クエストをクリアした時のアイテムドロップの中にそのUレア、ユニークレアと位置付けられた希少価値が恐ろしいレアが存在し、それにはパートナーキャラと武器と衣装がセットとなり排出される。

もちろん特性や追加パラメータも他のレアリティとは段違いだ。

それらを求めて、男女問わずのプレイヤー達が今日もクエストに勤しんでいた。

そんな中俺はギルメンが集まる時に使う行きつけの酒場で1人、仲間がログインするのを待っていた。

「みんな遅いなー。仕事忙しいのかな?」

僕のプレイヤーネームは「鳥である」本名は篠原飛龍(しのはらひりゅう)。ギルドのサブマスター「elice」こと山中 絵里華の弟で、このギルド『Lorelei』のギルドマスターをやっている。

このギルドは元々姉のeliceが創り、僕が加入と同時にマスターにされた後に姉の旦那さん、つまり義兄のヒーさんが会社のゲーム好き3人を引っ張ってきて、それ以外に居たメンバーが他のギルドに移り今に至る6人のギルド。

ギルドメンバーは最大で15人。

1日1回行われるギルドバトルでは5on5の対人バトルを3回行い、勝ち負けによって増減する報酬が手に入る。

ただし、ギルドは最低5人メンバーが揃わないと設立できない。

その為、ギルドバトルの参加最低人数も5人と決まっている。

ギルドイベントはギルドバトルだけじゃなくて、数ヶ月前のアップデートで実装されたランキングバトルがある。

それは普段のギルドバトルとは違う、各ギルドの勝率に順位をつけて競うものだ。

第1回のランキングバトルは僕達のギルドはある理由から不参加だった。

イベントに参加したギルドで上位のギルドは良くも悪くも名が通り、ネット上で沸いている。

「……おい、聞いたか?この前のアップデートで実装された『原初の水氷』ってクエストがクリアされたらしいぞ!」

「まじかよ!?うちのギルメンがドロップするUレアえらく気になってて今週末取りに行く準備してたってのによー」

「あくまで噂なんだけど、そのクエスト、たった1人でクリアしたらしいのよ」

「そんな馬鹿なっ」

「いや、それがそうでもねぇんだわ。信じてなかった奴らがそんな簡単に手に入るUレアが強え訳ねぇってフィールドで待ち伏せて攻撃したらしいんだが見事に返り討ちにあったって話しだ」

「それで?そいつのプレイヤーネームは?二つ名は付いたのか?」

こんな風に酒場では最新のニュースが頼まなくても集まってくる。ネットゲーマーはお喋りが多いんだ。

さっき聞こえて来た二つ名について説明しようか。

この世界に100個しかないレアリティ、U《ユニーク》レア。それの持ち主は賞賛とやっかみから2つ名が付けられる。

「そいつの2つ名は『ダイヤモンドダスト』

背の高い男性プレイヤーで青と白の甲冑姿が特徴らしいな。由来はよく見るRPGの魔法「ダイヤモンドダスト」みたいに囲ったプレイヤーが凍らされて一瞬でHPが全損したってよ」

「まじかよ……、そんなん勝てねぇだろ」

「そいつはどこかのギルドのやつか?おーい、誰か知らねーか!?」

また1人有名なプレイヤーが産まれたみたいだ。まあ、僕達のギルメンの大半も…。

「やっと仕事終わったっす〜。鳥さんばんちゃっす!何ぼーっとしてるんすか?」

目の前には、このゲーム内の衛兵(NPC)が身に着けている安そうなプレートアーマーに使い込まれた服、そして深々と被ったブロンズヘルムで鼻から上が見えない装いのプレイヤー。背中に下級夜喰からドロップする超下級武器『ロングソード』を背負って立っていた。

僕の装いはプレイヤー初期衣装に中級ドロップの紫色のローブを羽織っていて、腰にひぷさんと同じく超下級ドロップのダガーを2本装備している。

「こんばんは、ひぷさん。お仕事おつです。新しい職場はどうですか?」

「まぁぼちぼち慣れてきた感じですかねー、ノイさんはロバの件で大変みたいで休みがちです。今日もイン難しいっていってたっす」

ノイさんは故郷に、ひぷさんは巻き添えくらって異動して数日が過ぎていた。

「それで?目ぼしい情報とかありました?」

「さっきから周りが沸いてまして。面白い話聞いてたんですよ」

「あ、飲み物注文してからその話聞いていいですか?」

「もちろんです。僕のも同じのでお願いできます?……、それで周りの盛り上がってる話題は新しい二つ名持ちが現れたって話ですよ」

お待たせ致しましたと、NPCのウェイトレスがテーブルにジンジャーエールをジョッキで2つ置いて行った。

「へー!ごくっごくっ、くぅ〜っ!……んで、今回のはガチャドロップですか?それともクエストドロップです?」

「後者です。この前実装されたばかりのクエストドロップみたいですよ」

ゴトンッとテーブルにジョッキを置いてこちらを見たひぷさん。

「あ、それって『原初の水氷』ですか!?まじかー、それ赤碕さんに取らせてあげたいってエリ姉さんと話してたのにー」

「さっき話してた人もそんな事言ってましたよ。まず間違いなく水属性の光魔と専用武器だろうから、赤碕さんにはピッタリでしたね」

このゲームの戦闘に欠かせないものとして、まず第1に属性がある。

属性は、火←水←雷←土←風←火の5種類と

光←→闇の計7種あり、属性の優劣も他のRPGとほぼ同じだろう。

火は風に強くて水に弱いといったものだ。

そして、装備する光魔の属性によって自身の属性が決まり、装備する武器によって相手に与える攻撃の属性が決まるようになってる。

「悔しいー。でもギルド違っても"俺ら"の仲間なんで、悪くは言えないっすけども」

少しいじけてブーブー言いながらテーブルに肘をつき、握り拳を頬に当ててそっぽを向くひぷさん。

「それに興味深いのは、1人でクリアしたらしいんですよ」

「まじっすか!この前『脱走の白兎』をクリアした人達だってたったの3人で大ニュースだったのに!」

「あの時も驚きましたね。まあ、あの中には『赤騎士』(あかきし)と『千兵』(エインフェリアル)が居たみたいですし、あの2人がギルドを作ろうとしてるって噂もありますからね」

「そうでしたねー。でも気になりますよね?今度探してみようかな?あ、その人の二つ名はどんなです?」

「いいですね。一緒に探してみましょう。さっき誰かが『ダイヤモンドダスト』って言ってましたよ」

「なにそれかっこいいずるいっ」

ついさっき聞いた噂話をひぷさんに話ていると、周囲の話が面白くない話に変わっていた。

「そう言えば、噂のルーキー狩りギルド『ジュラシック』が最近ここら辺で暴れてるらしいぜ?」

「なんせここにはコロシアムがあるからな。大事にして儲けたり、名を上げる為にこっち来たんだろ?」

「それがそこまで大事にせず、噂通りルーキーを片っ端から潰してるらしいわよ」

ルーキー、それはまだこのゲームを始めたばかりで初期所持金の5000ソルと新人限定のガチャを回すチケットしか持たないプレイヤーの事だ。

その少ない所持金、所持品を決闘に賭けさせて奪い取る連中を『ルーキー狩り』と呼ぶ。

もちろん、ガチャチケットを使ってしまってソルも全額装備強化に使いきったプレイヤーも腹いせに食い散らかす野蛮な連中だ。

「うわ〜、なんかリアルにいるカツアゲする高校生みたいな連中っすね〜」

鼻から上が見えないはずなのに口元を歪めるだけで虚脱感を伝えてくる衛兵(ひぷさん)がぼやいている。

「まあ、都市外ではPK(プレイヤーキル)が出来ますし悪役気取りも多いですよね。中でも今騒がれてる『ジュラシック』ってギルドは中々強いらしいですよ?第1回ランキングバトルでトップ200の下の方で見たって聞いた事がありますよ」

「ほー、今ギルドっていくつあるんですかね?」

「最近ではプレイヤー人口が登録だけで見て3000万くらいとかなんとか?だから単純計算で200万あるんじゃないですか?」

「いやもう単位がデカ過ぎて多いんだか少ないんだかわかんない」

けらけらと笑う衛兵。

大半が日本人プレイヤーだけど、外国でも人気らしいので人口が爆発している。

課金システムもある分、それだけの人数がログインしてても落ちない大きなサーバーを用意してるからこそできる事なのかもしれない。

「スマホの人気あるソシャゲでも300万ダウンロードで沸きますから、これまた単純に10倍ですよ。すごいですよね」

「そりゃすんごい…。ん?って事はそのギルド相当な強さって事ですか?」

「いやどうだろ?実際の戦い方見た訳じゃないですし、噂では脅して不戦敗にしてたとか買収とか言われてますからね」

「おーこわっ。見かけたらトンズラこきましょうね鳥さん。三十六計逃げるに如かず、余計なゴタゴタはギルドに迷惑かかりますからなー」

「そうですね、何事もなければ見て見ないフリでもいいでしょう」

触らぬ神に祟りなし。そう付け加えて話が途切れ、また周囲の声が聞こえてくる。

「すいませーん!俺達今日ゲーム始めたんですけど、色々とレクチャーしてくれるギルドの方って居ますかー?」

男2の女1、計3人のルーキーと思われるプレイヤーが酒場の掲示板付近で叫んでいた。

だがしかし、今悪質なギルドが付近の都市を練り歩いてる噂が強く根付いていて誰も関わろうとしない。

「新鮮な肉に鮫が食い付かなきゃいいっすけどねー」

「ひぷさん、今言うなら鮫じゃなくて恐竜がいいんじゃないですか?『ジュラシック』ですし」

違いないっす!っと笑い、2人揃ってググッとジンジャーエールを1口飲み込みジョッキを置いた。

それと同じタイミングでバタンッ!!と大きな物音が響いた。

「滅多な事は言うもんじゃないっすねー、来ちゃいましたよ?恐竜さん達」

「みたいですね。基本こちらからのアクションは無しで、"何かあったら"頼みますよひぷさん」

「あいさー。いつもの事ですからね、お任せあれ」

アイコンタクトをとり視線を店の入り口から外す。その代わりに聞き耳を立てて聞こえる会話に集中する。

「おうおう!そこのルーキーちゃん。俺達がこのゲームのプレイを教えてやろうか?」

「俺達新人大歓迎だからさ〜ぁ?ちょっくらフィールドでて狩りしようや」

「俺達は大イベントで187位の上位ギルドだ!そんな俺らが引き受けるって言ってんだもちろん断らないよなぁ?んん?」

いかにもチンピラな感じの黒い袖を引きちぎったような皮のジャケットに、同じく黒いダメージパンツを着用している筋骨隆々な男性プレイヤーが15人、その中で下っ端と思われる奴らが新人達に詰め寄っていた。

「187って微妙〜、ぷふふっ。なんか臭そうじゃないっすか?あの連中」

「しっ、聞こえますよ。まあ僕も同意見ですけど…」

こんな時に笑わせないで欲しい…。

目を付けられないように横目でルーキー達がいる方を見る。

詰め寄る3人の後ろから他のメンバーがぞろぞろとルーキー達を囲った。

「んー?ちょっとマスター!!この女めっちゃいい体してますよ!顔もいい〜。この女俺に貸してくださいよ」

「おいてめぇ、……俺も混ぜてもらおうかぁ?んん?ぐへへっ」

2人の下衆野郎が女性新人プレイヤーに触れようと手を伸ばしたその時。

「…お兄さん達、ちょっと死のうか」

僕はチンピラ2人の喉元にダガーを突き立てていた。



忽然。

目の前からギルマスが消えた…。

そして聞こえてくる騒めきの中心を見ると、前後を下衆2人に挟まれた女性のすぐ横に立ち、その2人にダガーを突きつけてる紫色の見た事あるローブが目に止まった。

「あ〜、はいはい。"何かあったら"ね」

きっと最初から何とかする気だったんだ。

女性が狙われたからなのか、単に絡まれてるルーキーを救う為かわからないけど。

でも鳥さんがこうまで素早く行動に出るのは珍しくて、体がすぐに動かなかった。

鳥さんにダガーを突きつけられてる2人も硬直していて、遠くから見ても表情に焦りが写ってる。

都市の中ではプレイヤーはプレイヤーにダメージを与える事は出来ない。

でも装備品を手に持つ事は出来るので、ただの脅しにしかならないのだが、あまりの速さにビビっている様子。

「あいつら、やっぱただの臭そうなアホやん。目の前にどんな人がいると思ってるんだい?まったく。プレイヤーネームとか興味ないのかな?まあ、うちのギルドはまだまだ無名なんだけどさー」

Uレア持ちは1つの例外もなく二つ名が付けられる。

周囲に影響のある人物が拡散するか、初めて痛い目にあった人が拡散するか。

何にしても自称で決められる事はなく、嫌味や恐怖から付けられるんだ。

「……あ、そうだ。いい事考えた!」

状況の面白さに1つ悪企みを浮かべ、くすくす笑いながら主人(マスター)のお供をする為にとことこ歩き出した。



むかつく。

僕の足を動かしたのは簡単な感情だった。

黙らせたい。

僕が武器を握ったのは珍しく頭にきたから。

守りたい。

僕だって、最初は弱かった。

どんな世界にも仲間が居るって事、どんな汚い世界でも助ける側が必ず居るんだって事、僕が証明したいってずっと思ってた。

それが今だったんだって胸を張って相手を睨む。

刃を向けられて怖気付いてる2人以外も動かなかった中、ギルマスらしき男が僕の背後を取った。

「なぁ、にいちゃんよぉ。俺の仲間に手出しするって事がどういう意味か解ってんだろうなぁっ!?あぁ!?!?ふざけてんじゃねぇぞクソガキィッ???」

あからさまに頭に血が昇って怒鳴り散らして居る男がいつのまにか剣の切っ先を咥えていた。

音もなく最適なタイミング、流石です。

「ごめんなさいね〜、おじさん。この人うちのギルドのマスターなんだよね?臭いから近寄らないでもらっていいかい?他のお兄さん達もね!もし、このルーキー3人に手を出すなら俺ら2人があんたらの相手してあげるよ〜」

ひぷさんが挑発をする間、相手のギルマスもギルメンも何も喋らなかった。

そして数秒後、恐竜が笑い出した。

「ギャッハッハッ!お前まじで言ってんのかぁ?俺達『ジュラシック』に刃向かう事の意味がわかってて言ってんのか?えぇ!?」

「マスター!早えとここのガキ共バラしましょうやっ!!」

「その後でその女の服もバラバラに……うへへっ」

馬鹿につける薬はないものだね。

このままフィールドに出て片を付けようか?

ひぷさんに何か考えがあるだろうか?

そんな事を考えていると、僕の両脇のチンピラが後ずさる。

そしてひぷさんも相手ギルマスの口からロングソードの切っ先を外す。

先に言葉を発したのはひぷさんだった。

「さあ、おじさん達。1つ賭けをしないかい?今闘技場に問い合わせたら10分後に1時間だけ出し物なくて空くらしいんだ〜。2対15でいいから決闘をしようよ。それで、どっちが勝つか観客に賭けさせよう。まさか、逃げたりしないよね?」

これまた流石。こんなに早く根回ししてるとは僕も思わなかった。

今僕達がいる都市『グランベリー』は大闘技場を持つ剣闘都市。

大闘技場は有名プレイヤー、ギルド、パーティなどの決闘を催しにして賭けなどの娯楽を提供している。

ひぷさんが言ってる賭けはつまり、決闘の勝ち負けを会場に観客を入れて賭けさせ、買った方が儲け、負けた方が全て失う勝負をしようと言うものだ。

「いいだろう、小僧。てめぇの安い挑発に乗っかってやろうじゃねぇか。10分後に大闘技場だな!てめぇらこそ逃げんじゃねぇぞ?」

捨て台詞を吐いて「ジュラシック」は店を出て行った。

「ありがとう、ございます…うっ、うわ〜〜〜っ!!」

恐怖が去った安心で緊張の糸が切れたんだろう。少女が顔を両方の掌で覆い、1人泣き出してしまった。

その肩にポンポンと軽く触れて、もう大丈夫だよと声をかける。

返事は頷きが2回だった。

「お二人共、俺らのせいであんな連中と決闘?するんですよね?……本当にすいません。あんな人達が居るとは知らずに……」

「俺がいけなかったんです。こんな危険があるなんて知らずに、酒場でレクチャーしてくれる人探そうなんて言ったから……」

残った2人の男性ルーキー達は肩を落とし、自分達が引き起こしてしまった事態を振り返って謝罪をしてきた。

「知らない物は仕方ないし、助けたかったのも仕方ないしょや?うちのギルマスいい人だからほっとけなかったんだよ。それに俺もむかついてたしね!だから今から起こる事はあいつらと俺ら2人の決闘だから気にしない気にしなーい!」

ひらひらと手先を振って、大丈夫だとアピールするひぷさん。

目は見えないけど、顔は僕の方を向いていて口元は笑っていた。

「さぁ、ひぷさん。勝ちに行こうか」

「もちろんっすよ!みんなにもソシャゲ版のチャットにメッセ送っときましたんで、すぐ駆けつけてくれますよ!熱い戦いを見せてやりましょー!」

コツンッとお互いの右手の甲を軽く当てて、僕達も酒場を後にした。



一触即発の事態を1番奥の騒動から遠い席から眺めていた。

ルーキーを囲っているプレイヤーネームとパラメータ情報を照らし合わせて『ジュラシック』のメンバーの総合戦力の確認と、戦略パターンなどを調べ終わった頃。

事態は収束し、当事者達は店外に出て行った後だった。

「……終わった?」

長い時間付き合わせているパーティメンバーが退屈そうにジョッキの氷を回していた。

「すいませんね、あず。今後敵に回すだろう相手だったので調査につい熱が入ってしまってね」

目の前の女性、私が"あず"と呼ぶプレイヤーが1回頷く。

揺れるグレージュのロングヘアに白い肌。

何も食べてないかのような細い手足に、女性らしい曲線を描く体躯。

立ち上がれば170㎝はあるだろうか?

私とほぼ同じ長身の頭以外全てを包帯で包み、胸部にプレートメイル下はショートパンツといった衣装を身につけ赤いマントで身体を覆っている。

「それであず、あの2人の情報はありましたか?」

「詳細情報は何処にも落ちてなかった。だがどう見てもあのプレイヤーネームは忘れもしない。確実に"奴ら"だな」

切れ長の目に高い鼻、黄色く光る双眸に透き通るような高い声。

まさに……。

「"俺"は直接見た訳じゃないが、只者な訳がない。何せ…」

「台無しですよ」

「何の事だ?」

こっちの話です。と呟くが意味を理解して貰えず、あずが首を傾げている。

彼女…、が調べてくれた限りまず間違いはないはず。

当時あれだけ騒がれてた奴らが忽然と姿を消し、今やっと目の前に姿を現した。

これは情報を得る絶好の機会だろう。

「あず、至急ういさんとデリさんに連絡を。5分後にグランベリーの大闘技場に集合とだけ伝えて下さい」

「わかった。それで"ジア"、俺らはどうする?」

ガチャリッ。椅子から立ち上がろうと地面に足を着くと鈍い金属音が響く。

身を覆っていた大きなボロマントを脱ぎ捨て、血よりも赤い鎧を晒し武器を装備して店の入り口を見る。

「もちろん。この目で見届けますよ。恐竜絶滅の再演と絶望を呼ぶ歌姫の姿を」



仕事帰りに買ったお惣菜と冷蔵庫にあったお豆腐に、余り物で作ったお味噌汁を宏と食べ終わり一息ついていた時テーブルの上の2台のスマホが同じタイミングで震えた。

「えっと?何々?『緊急連絡!ルーキー狩りギルドを鳥さんと狩りに行くので至急グランベリーの大闘技場まで来られたし!!』!?ヒー!!ちょっと貴方もひぷさんからのメッセージ見て!!」

つい2分くらい前からトイレに篭ってる旦那を呼び、いそいそと仮想世界に入る準備を始める。

私達がやっている仮想オンラインゲームにログインするにはまず目の前から頭を1周覆うゲーム機本体と両手首、足首に身体の信号を受信する機器を巻きつけて専用のマットの上に寝転ぶ。

専用のマットはプレイヤーの骨格、肉付きなどをスキャンしてプレイヤーアバターを構成する為の物。

その上に布団を敷いてもスキャンは正常に行える。

それを2人分用意し終わってもまだ帰ってこない旦那。

「ヒー?何してるの?」

「…ちょっと、待って、待って、あ、今、今いいのが……出そうっ」

「私先に行くわ。ひぷさんのメッセ読んで急いでインしてね」

奮闘中の旦那を放置して器具を取り付け横になると、次第に目の前が暗くなり家の中からは聞こえないはずの雑踏が聴こえてくる。

目を開けると目の前には前回ログアウトした大都市の神殿の前に立っていた。

「ひぷさんからのメッセメッセっと、あった。後5分くらいかー、転移盤まで少しだし間に合うといいけど……」

視界内上部の真ん中に表示されている時刻を確認して歩きだす。

実際の身体が妊婦だからなのか、走る動作ができないみたい。

都市やフィールドを休まず走り回っても体力を消費しないのに、こういった体調とかの部分はやけにリアルに具現化される面白い世界。

「あった、転移盤。場所はグランベリーの大闘技場。あ、1階席とかまである!さすがだなー。それじゃそこに転移っ!」

転移盤と呼ばれる地面に設置されたこのゲームのメインエンブレムが刻まれたブロードの鉄板からプレイヤーを、登録してあるほかの転移盤へと運ぶこの世界最速の移動手段。

瞬く間に大闘技場1階に到着すると、第1戦目が始まろうとしていた。

このゲームの決闘スタイルにはいくつか種類があって、1番簡単なもので1on1。

その次が1〜5人までのパーティVSパーティ。

そして数ある戦闘の中でも、最大規模なのが1〜5人パーティVSパーティ×3を行うギルドバトル方式。

毎日夜に行われるギルドバトルではそもそも5人のメンバーが揃わない限りギルド設立も出来ず5人ピッタリだと、5人VS5人を人数が少ないギルドは同じメンバーでもう一度戦い、2回でどちらかのギルドの勝利が決まらなかった場合には3回同じメンバーで戦う。

でも今回、鳥(おとうと)とひぷさんがやるのは"決闘"のギルドバトルスタイル。

それには1人以上いれば最低人数に制限がないから2人VS15人のあり得ない組み合わせが成立していた。

「無茶しないでよね……」

両手を組み、目を閉じて祈る。

万に1つも負けはないとわかっていても、大事な弟と弟分なんだから。

「レディースエーンジェントルメンッ!!今日も元気にエンジョイしてるかな?!今日のバトルの飛び入り一大イベントォ!!最凶を謳い、また周囲からも最凶と呼ばれるこのギルド!!東門から『ジュラシック』の入場だぁ!!!」

バトル開始まで後3分といったところでバトル解説の男が入場コールを始めた。

東門から花火が上がり、ガタイが良くて柄が悪い連中がぞろぞろと出てきた。

そして5人だけが闘技場フィールドの中央へと歩いていく。

「そして屈強な恐竜に牙を剥くのはたったの2人!!ギルド『Lorelei』のマスター『鳥である』と『Hypnos』だぁっ!!!」

先程と同じく花火が上がり2人が入場する。

1回目の相手5人と間合い合わせで並び2人は一礼をして、相手は腕を組んだままただ笑っていた。

「ほんと感じ悪っ」

「やっと見つけました。eliceさんこんばんは。もう始まるみたいですね」

「赤碕さん!来てくれたんだね!もうすぐ始まるよ。一緒に応援しましょ」

コクッと頷くとフィールドへ視線を向け動かなくなる。

この人はプレイヤーネーム『赤碕』さん。本名が赤碕 肇(あかさき はじめ)で、ヒーと私が務める会社の社員で、ひぷさんと同期。

いつもそんなに喋らなくて、ヒーの右腕の様に命令をこなしている。優秀な社員。

戦闘においても特殊なスタイルで戦うヒーを正確無比な近接戦闘スタイルで援護する上下関係が成立してる。

ビィーーーーーッ!!

試合開始10秒前のブザーが鳴り、戦闘を行うメンバーは陣形を作る。

鳥とひぷさんは2人なので陣形も何もなく少し距離を開けて、並んで立っていた。

ピピィーーーッ!ピッ、ピッ、ピッ、ピィーーーーー!!!

試合開始のブザーがなり敵が装備を展開し襲いかかってくる。

相手の光魔は大半が上位光魔(A〜Sレア)の『ケルベロス』『ギガントグリズリー』『キラージラフ』『サーベルタイガー』『ドリルマンドリル』。

A〜Sレアの光魔は大半が大幅なステータスアップ系の効果を持つもので、この5人の光魔も全てが攻撃力強化のアビリティ。

「なんだ『サファリ』じゃねーかっ!」

「ぷふっ、笑わせないで下さいよこんな時に」

大闘技場での戦闘の場合、会場にいくつか仕掛けられたマイクから音声を拾い客席のスピーカーから戦闘中の会話が聞こえてくる。

今のひぷさんの一言に鳥も笑ってるけど、1番笑っていたのは観客席の面々だった。

対する鳥の装備は中級光魔(Bレア)『ナーガ』そしてひぷさんの装備は下級光魔(Cレア)『ボーンナイト』。

『ナーガ』のアビリティは、プレイヤーが相手にダメージを与えた時に低確立で相手の敏捷を下げる。

鳥は『ナーガ』の強化を限界まで終えてると話してたから確立も中程度まで上がっていると思う。

そして、ひぷさんの『ボーンナイト』は相手プレイヤーを攻撃した時に高確立で毒状態を付与する。

毒状態は毎秒10ずつダメージを負っていき、最短で15秒最長で30秒効果が持続するというもので、ひぷさんも愛用の光魔だから多分強化は終わってるはず。そうなると効果時間が最長になる確率が上がる。

「『サファリ』だとぉう?馬鹿にしやがれや〜〜〜!!」

5人のプレイヤーの中で差が高めの男が槍を構えて走ってくる。

光魔はAレアの『キラージラフ』で武器はそこまで高いレアリティではなさそうね。

『キラージラフ』の効果は単純な攻撃力アップと攻撃のリーチが少し長くなる事。

「そぉらっ!刈り取ってやらぁっ!!」

標的は鳥みたいで、一目散に詰め寄ると間合いギリギリの所で槍を振り出す。

瞬間、ブォンッと空を切る槍の音と一緒に相手プレイヤーは光になって消えた……。

それは、このゲームでの死亡時に発生するエフェクトだった。

「今の、いったい何だったんだ?」

「何が起こったのか全く見えなかったぞ」

「長い得物を持った男が、死んだ?何でだ??アイツの装備は上級装備だったはず。なんであんなルーキーなんかに…」

みんな騙されてるわよー。

あの人達のネタ装備に目が眩んでる連中はほっといて説明いいかしらん?

プレイヤーの能力値はHPとMP、そして戦闘力の2つに分けられる。

HPとMPの上限値はレベルアップと共に上がって行き、現在のレベル上限である80までにHPはおよそ14500まで。

MPはおよそ385まで上がる。

戦闘力はレベルアップで上がるものとは別にバトルで手に入る『ステータスポイント』を攻撃力、魔法力、防御力、敏捷力のいずれかに振り分けて自身を強化していく。

鳥が倒した相手はレベル65のプレイヤーで、光魔が攻撃力強化型だったから『ステータスポイント』……以降はSPって言うわね。

それを使って攻撃力を底上げしていたのだろう。それに対して鳥はレベル80のカンスト状態。SPは攻撃力と敏捷に振り分けていて戦闘力の上限250に到達している。

あの子が持ってるダガーは相手にとって超重量級の武器と同じ威力の物に映ったはずね。

レベル65でHPは11000くらいかな?

それを1撃で削り切るのは誰だって不可能なんだよ。

ただみんな騙されてるだけ。

ダガーを2本持ってて、あの子は敏捷力もカンストしてる。レベル65のプレイヤーが1回攻撃する間に"片手で2回"攻撃できるの。

そう、1回2700くらいの無属性攻撃を4回当ててただそこに立っているだけ。

かっこつけすぎなのよまったく。

「何という事だぁっ!!『ジュラシック』の尖兵が一瞬で突破されてしまったぁあ!!!ギルド「Lorelei」マスター鳥である!!彼はいったい何者なんだぁ!?」

実況の声に反応し、残り4人の内2人が大声をあげて突進してくる。

「イカサマにきまってらぁっ!!」

「テメェクソガキッ!!許さねぇぞ!!」

一瞬で距離を詰め迫ってくる『ケルベロス』と『サーベルタイガー』。

攻撃力強化と3回攻撃を確立で付与する地獄の番犬『ケルベロス』を従える斧使い。

攻撃力強化とクリティカル率アップ効果の白銀の虎『サーベルタイガー』に跨る鉤爪使い。

Sレアの中でも1級品と言われている代物が牙を剥き出しにして、鳥の目の前で静止してる。

「ごめんね。マスターの手前、影が薄くってさー。うっわ重たいなー、さすがはSレア帯の上位種だね〜」

と、ロングソードのと刃の部分を素手で持ち相手2人の突進攻撃を1人で受け止めているひぷさん。

あの人も大概だと思う。

「な、なんだってんだぁゴルァッ!」

「ばかなっ!!ダメージが表示されてねぇぞ!!おらジャッジ!これチートだろうよぉ!?!?」

目の前の出来事を信じられず、決闘の審判『ジャッジ』に吠える。

だけどジャッジには鳥とひぷさんのステータスまでもが見えているはず。

ただ首を横に振り現状を見つめていた。

「クッソォッ!どうなってやがんだ!!」

困惑から吠えるだけの男共に、実況の声が響きわたる。

ん?あれ?

「それじゃー説明しようか!!これは"パッシブスキル"だ。初めに攻撃を受けてから30秒間ノーダメージっていうとんでもねぇスキルなんだぜ?」

「おおっと!ここで実況ブースに乱入だぁあっ!!……お名前をお聞きしても?」

おい、まてこら。

「名乗る程の者ではありません…。ヒーと申しますっ!特にショートカットのかわいこちゃん達!以後よろしくしようね〜っ!」

あれは紛れも無い、あれはうちの旦那だ…。

「それにしてもヒー氏。彼ら『Lorelei』の仲間なんですか??」

「ああ、俺もギルメンなんすよ。なんか楽しい事してるって言うから盛り上げようと思ってね!鳥くん、ひぷさん、ガンバッ!」

ひぷさんが相手2人を押し返し、実況ブースに向けて手を振っていた。

「遊び過ぎなのよ。まったくも〜」

人の心配も知らないで男共は、本当にもう。

「それじゃ、ひぷさん。この決闘は終わらせましょうか!"猛炎の壁"《フレア・ウォール》」

鳥が魔法名を口に出すと地面に赤い魔法陣が広がり、相手の残り3人とひぷさんも巻き込んで全員の周囲を炎の壁が包み込んだ。

「おおっと?!これは何事でしょうか?防御系の魔法の中に相手まで引き込んでしまいました鳥である!!自滅行為か、それとも現状は4対2の窮地。起死回生の1手なのか!?」

「ほほー。アレをやる気だねぇ2人共。ご来場の皆さんっ!今から起きる一瞬に瞬きなんてするんじゃないぜ?「Lorelei」の戦い方をとくとご覧あれ!!」

解説席の声に会場の響めきが静まる。

解説通り、これは炎の結界。触れた者はHPが大幅に削られていく、恐ろしい防壁よ。

本来は自陣のピンチに使うんだけど……。

「何か仕掛けてくるぞっ!!四方に散開して敵の動きを見やがれっ!!!」

その壁の出現と同時にひぷさんが背を地面に突いて、腕を耳の横に。

「何をするつもりだ?……」

「考える前に防御態勢とれやっ!来るぞっ」

掌も地面に突けると膝を折りお腹の前に持ってきて足の裏を空と並行にする。

そしてひぷさんに向けて走り出していた鳥が、ひぷさんの足の裏に自分の足の裏を重ねて飛び乗った。

タイミングを合わせてお互いに勢いよく足を伸ばす。

蹴り上げられた鳥が宙を舞っていた。

そして蹴り上げた勢いそのままにひぷさんは逆立ちの状態になり得意魔法の名称を叫んだ。

「"サンドウェイブ"!!」

この魔法は術者を中心として全方向に流砂を波状にして流す土属性特有の広範囲魔法。

与えるダメージは少ないけど、敵を遠ざけ距離を取るにはうってつけの魔法よ。

ただし、このゲームで魔法については注意しなければならない点が多い。

それは魔法の効果は味方にも適用されるって事。

だから今、鳥は空を飛んでるの。

「ぐぅあぁあぁあぁあっ!!」

「砂に飲まれるなっ!あ、だ誰か……」

「うっ、がぁっ!動けねぇっ!!あっちいぃ!!!!」

「なんだこりゃあっ!!え、HPが、もたねぇぞ!!」

四者四様に悲鳴をあげてアバターが砂と炎に挟まれて数分後に全てのアバターの反応が消えていった。

「これは何という事でしょう!!『ジュラシック』先鋒隊があっという間に飲み込まれて行きましたっ!!アメイジングッ『Lorelei』!!今まで何処に潜んでいたのかぁ〜!!!」

「熱い実況ありがとな兄弟っ!!これが俺達の戦いだっ!誰にも出来ないチームワークでこの先、この世界に名を轟かせてやるぜっ!!」

私達が大切にしていたもの。

それは"チームワーク"ただそれだけ。

ネットワーク世界だからって"仲間"というかけがえのない人達を軽く見ない事。

もちろんうちはリアルで見知った中だけど、新しい仲間が増えても絶対に破らないルールとして胸に刻んでる。

さっきの技は2人のコンビネーションの1つ。

防御用の"猛炎の壁"《フレア・ウォール》と回避と時間稼ぎに使われる"サンドウェイブ"を広範囲攻撃に変える荒技なんだ。

2人だからこそ出来て、信頼があるから出来る事。

それが私達のギルド。

空を見上げると、鳥が空中から着地して2人は拳を突き交わす。

観客席の人々は立ち上がり、1戦目を無傷で完勝した2人に拍手喝采が送られていた。


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