異世界召喚!?

「ふふふ、今日は帰ったら、漸く発売した新作のゲームやるんだ~!ああ楽しみ~!!」




 そう誰に言うでもなく一人楽しそうに呟いている女性の名は、高坂 瑞希。今年20才になったばかりの大学生である。


 その容姿は、背中まである黒髪を三つ編みでしっかり結んでおり、太い黒のフレームの大きめの眼鏡を掛け、服装は特に派手でも地味でも無い至って普通の女子大生が着るような格好をしていた。


 そしてその顔は、眼鏡で分かりづらくはなっているが不細工の分類では無く、だからと言って美人の分類でも無い。


 敢えて言えば、普通よりはちょっと見目の良い顔と言った感じであった。


 しかしその瑞希は、基本的にオタクと言う分類に入るような趣味を持ち、昔から様々なジャンルのゲームや漫画を買い漁っては一人、部屋にこもって堪能していたのだ。


 そんな趣味のせいか、いまだに年齢=彼氏いない歴を更新し続けているのだった。


 そしてそんな瑞希が今いる場所は、瑞希が通っている大学の敷地内にある人気の無い校舎裏である。


 瑞希は基本的に目立つ事が好きでは無く、あまり目立たない事を意識している内に、無意識に人気の無い場所を歩くようになってしまった。


 そうして今も無意識に人気の無い場所を歩きながら、帰ってからやる予定のゲームの事を考えていたのだ。


 するとその時、瑞希の耳に微かに語り掛けてくる声が聞こえてきてその場に立ち止まる。




「・・・・・・よ・・・」


「え?」


「・・・選ばれし・・・乙女よ・・・」


「・・・誰?」




 そう言って瑞希は辺りをキョロキョロと見回すが、そこには瑞希以外誰もいなかった。


 瑞希は不思議に思いながらも、きっと空耳だったのだろうと思い再び歩き出す。




「神に選ばれし聖なる乙女よ!」




 今度はハッキリとそう聞こえ、瑞希は驚いてその場に立ち止まる。


 するとその瞬間、瑞希の周りに光の渦が巻き起こったのだ。




「な、何これ!?」




 瑞希は突然起こったこの不思議な現象に、激しく動揺していた。




「時は来たれり!今こそ救世の時だ!」




 そうさらに声が聞こえると、瑞希の周りの光が強くなり何処かに連れて行かれそうな感覚が瑞希を襲う。




(ちょっ!まさかこれ、よくゲームや漫画で見た異世界に召喚されるやつじゃ無いの!?それも、聞こえてきた言葉からすると・・・私が救世の聖なる乙女!?いやいや!それは私じゃ無いでしょう!!私はどっちかと言うとモブタイプだよ!!そんなの私じゃ務まらないから嫌だーーーーー!!)




 そう瑞希は心の中で、聞こえてきた声に向かって必死に叫んだのだ。


 するとその時、明らかに聞こえてきた声とは別の声が聞こえてきた。




「ちょーーーとお待ちなさい!!」




 瑞希はその声に驚き声の聞こえてきた方に振り返ると、凄い形相でこちらに猛ダッシュしてくる美女が目に入る。




「え?和泉さん?」




 その美女は和泉 明菜と言って、瑞希と同級生の女性であった。


 そして美女と言うだけあって、腰まである豊かな黒髪と整った美しい顔をしているのだが、その見た目に反して性格がとても変わっていてある意味大学内の有名人であったのだ。


 その変わった性格と言うのが・・・。




「お待ちなさい!人間違いをなされてますわよ!!救世の・・・聖なる乙女はわたくしのはずですわ!!!」




 そう和泉は瑞希と同じオタクの分類ではあるのだが、激しい中二病の持ち主でもあったのだ。


 そして学内で自分はいつか異世界に召喚され、そこで世界を救う救世主になるんだと言いふらしていて、それを聞かされた周りの人に引かれている事に気が付かないとても残念な人なのである。


 その和泉が髪を振り乱し、凄い形相で瑞希の方に走ってくる姿を見て、瑞希は思わず恐怖で後退りしてしまった。


 するとそのお陰か、瑞希は光の渦から抜け出す事が出来たのだが、その代わり和泉がその光の渦の中に入り込んでしまったのだ。


 しかしその和泉の顔は、とても自信に満ち溢れ満足そうな顔をしている。




「さあ!わたくしを連れて行きなさい!!」


「和泉さん!!」




 瑞希が和泉の名を叫ぶと同時に、辺りに眩い光が満ち溢れその光の強さに瑞希は目を開けていられず、腕で顔を隠しその光が収まるのを待った。


 そして段々光が収まってきたように感じた瑞希は、ゆっくりと腕を降ろしうっすらと目を開けて目の前を見る。


 しかしそこには、さっきまで目の前にいた和泉の姿などどこにも無かったのだ。


 瑞希は呆然と、その薄まっていく光の渦を見つめる。




「和泉さん・・・本当に行っちゃったんだ・・・・・うん。これは行きたいと希望を出してた人が、行けて良かったと思う事にしよう!正直、私なんかよりも美女の和泉さんの方が聖女に向いてるもんね!!よし!私は何も見なかった事にしよう!!」




 そう言って瑞希は開き直ると、クルリと踵を返してその場を離れようとしたのだ。


 だがしかし、一歩足を踏み出した所で瑞希は後ろに引っ張られる感覚を感じ、顔だけで後ろを振り向く。


 するとそこには、瑞希の服の裾が光の渦に巻き込まれている光景が見えたのだ。




「うぎゃぁ!!」




 瑞希がその状態に慌てている内にどんどん服が引っ張られ、結局瑞希もその光の渦に取り込まれて姿が消えてしまったのだった。












 光の渦に巻き込まれ意識を失っていた瑞希は、ふと意識を覚醒させる。




「ん・・・ここは・・・」




 瑞希はボーとする意識の中、頬に冷たい床の感触を感じゆっくりと身を起こす。


 そうして周りをキョロキョロと見回し、ここが全く見知らぬ場所だと気が付いた。


 そこは円柱の柱が沢山建っている、よくゲームで出てくる神殿の中のような造りの場所だったのだ。


 そして瑞希が座り込んでいる場所は、その柱の影にあたる場所だった。




(・・・あ~結局本当に来ちゃったのか・・・異世界に)




 瑞希はそう察しガックリとうなだれる。するとその時、大きな歓声が奥の方から聞こえてきたのだ。


 突然聞こえてきたその歓声に瑞希は驚きながら、柱の影からコッソリと奥の方に視線を向ける。


 するとそこにはきらびやかな衣装に身を包んだ、明らかに瑞希の世界とは違う髪の色をした人達が沢山集まっていた。


 そしてよくよく見てみると、その人集りの中心に満足気に微笑む和泉がいたのだ。




「おほほ!わたくしが救世の聖なる乙女よ!全てわたくしにお任せなさい!」


「おお!聖女様!!」




 和泉がそう声高だかに宣言すると、周りを囲っている人達からさらに歓声が上がったのだった。




(うわぁ~本当はあそこに私がいたかと思うと・・・絶対無理!!うん!和泉さん、やる気満々だよね!じゃあ後は全て任せるよ!!と言う事で、私は見付からない内にここを去らねば・・・)




 もう全て和泉に丸投げした瑞希は、早々にその場から立ち去ろうとまだ盛り上がっている和泉達の様子を伺いつつ、ゆっくりと腰を浮かし立ち上がろうとしたのだ。




「・・・お前は誰だ?」


「ひっ!」




 突然近くで聞こえたその声に、瑞希は肩をビクッとさせ小さく悲鳴を上げると恐る恐る後ろを振り向き目を瞠る。




(うおおお!!ちょ、超絶美形!!!)




 瑞希の真後ろに立っていた人物は、サラサラのショートヘアーの金髪に、宝石のように美しい碧眼の持ち主で、完璧に整った顔立ちとすらりと伸びた高い身長をした青年だった。


 しかしその服装は、至る所豪華な装飾が施された礼服を着ており、明らかにこの世界の住人だと思われる格好だったのだ。


 瑞希はそのあまりにも美しい姿に暫し呆然と見つめていると、そんな瑞希を不審に思った青年が腰に拝していた剣の柄に手を置き、カチャッと音を立てて剣を引き抜こうとする。




「怪しい奴だ!それに見た事無い服を着て・・・お前、何処かの間者か!?」


「ひっ!ち、違います!!ちょっと道に迷って、迷いこんだだけです!!今すぐ出ていきます!!!」


「あ!おい!待って!!」




 瑞希は伸びてきた青年の腕を掻い潜り、猛スピードでその場から逃げ出した。


 そしてあっという間に、青年の視界の中から消えてしまったのだ。




「な、何ていう足の早さだ・・・」




 青年はそう呟き、唖然とした表情で瑞希の消えた方を見つめていたのだった。

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