第24話 理性

「試練はどうかしらゴキブリちゃん」


「・・・・・・・・・・・・」


 僕はありったけの憎悪の気持ちを込めて目の前を浮遊する少女を睨みつけた。


「てめぇ、今回のこと最初から知ってたな」


「私は夢の中の存在。何だってわかっちゃうわ」


「本当に寄生虫みたいにしたたかな奴だよお前は」


 今日も相変わらずロイコクロリディウムみたいな頭をしていやがる。害虫プリントのワンピースも胸くそ悪い。


「なぜ、最初から言わなかった」


「私はあなたが現世で生きるための助言を与えるだけ。結果はあなた次第よ」


「不幸の責任を転嫁するクソ偽善な神様みてぇなこと言ってんじゃねぇぞ」


「神様なんて光栄な例えね。だけどね、全能の神なんていないのよ。神なんて絶対的なものがいたら、弱肉強食の生態系などと言う仕組み、造るはずもないわ。不効率極まりないもの。世界は所詮、時間軸に捕らわれた物質の結合と遊離の繰り返し。自然の摂理は偶然の積み重なりに過ぎないのよ」


「ごちゃごちゃ能書き垂れてないで、どうしたらこの状況を打破できるか教えろ」


 この事態を予想していたなら解決策も知っているはずだ。


 僕は少女の胸倉をつかもうと迫ったが、いつの間にか少女は僕の後ろにいた。


「私の役目はあくまで助言。答えは与えられないわ」


 微妙に高い高度から見下すように僕に視線を向けるのがどうにも不愉快だった。


「なら助言でいい。どうすればいいんだ?」


「あなたが今、生きているのは弱肉強食の自然の世界。人間による法の支配も理性による自制もないわ。そこで生きるにはどうすればいいか。簡単な事よ」


 弱肉強食の世界。そうだ。僕は勘違いしていた。法の保護下に置かれないことが人間でなくなることの最大の恐ろしさだと思っていた。


 だが、自然界に元から法などはない。


 本当に恐ろしいのは摂理そのもの。自分が捕食対象になると言う事実。いつ何時、自分が襲われ、他者に咀嚼されるかわからない。生きたまま喰われるという弱肉強食のプロセス。生態系が形成された当初からある、最も原始的な恐怖の形だ。


「まず、人間の甘さを捨てなさい」


「法が守ってくれないなどすでにわかっている」


「そうじゃないのよ。元が人間のあなたにどう説明すればいいかしらね?」


 少女は顎に手を当てしばらく考えるそぶりを見せた。


「これはあなたの思考の問題なの。人間の時の思考で生きていたらこの先、すぐに躓くわ」


「理性を捨てろってことか?」


「理性は捨てなくていいわ。だけど形は変えなさい。あなたは人間とゴキブリの間を生きる希有な存在。あなたに必要なのは理性と本能のバランスと融合よ」


「理性と本能のバランス? 融合?」


 理性と本能など水と油ほどに対照的で相容れないものだ。混ざり合うことなど無いはずだ。言っている意味が今一歩掴めない。


「自然という本能が闊歩する社会で理性は扱いが難しいの。ちゃんと利用すれば大きな武器になるけど、人間みたいに効率の悪い方法で使ってたら、足枷にしかならないわ。

 人間は自分たちの社会を形成してその中だけで生きているから、理性の使い方が回りくどいというか、知能の高さも相まって複雑すぎるのよ。

 一番最たるのは人間は理性があるために、それに合わせて本能に基づく行動を正当化したがるところね。大義名分というやつよ。それが自然の世界では余計なの。」


「・・・・・・・・・・・・」


 僕が理解しがたいといった表情をしていると、少女はまた顎に手を当てて考え始めた。


 しばらくの沈黙の後、少女がぱっと閃いたような顔をした。


「今、最も簡単な言い方を思いついたわ」


「どんな?」


「自分の思考にも、行動にも、言い訳しない事よ」


「・・・・・・それだけ?」


 あっさりしすぎな物言いじゃないか?


「そして、事実を認めなさい」


 何だか、喋っている当の本人が面倒くさくなって投げ出した感があるが、僕もこれ以上追求するような面倒くさいことはしない。聞くのすら正直、疲れた。


「じゃ、僕は僕のやりたいようにやるよ」


「それでいいわ。私の言った意味もいずれわかるわよ」


 理解すれば、あのアシダカグモをどうにかできるだろうか。なら、是が非でも理解しなければならないが、この寄生虫少女の話を聞いていてもそれは不可能だ。ならば、現実世界での行動に賭けるしかない。行動しているうちに何かが見えてくるかもしれない。


 そして、毎度おなじみ。一気に視界がぐるぐると渦を巻き、僕は振り回されるような感覚と共にどこかへ放り出された。

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