PHANTOM HEAVEN 【Episode:7】

〔7〕


 鳥籠の中の十字架……それは、俺がいつも使っているアミュレットの知恵の輪パズルリングだ。リードはテーブルに置いたアミュレットをそっと手に取り、しげしげと見つめている。


「鳥籠から十字架を出す……か。これは難しそうな知恵の輪ですねえ」

「ああ……実は、真莉奈が生前に使っていたアミュレットでな。パズルが好きだった彼女のオーダーメイドらしい」

「……なるほど、解き方の検索をかけても見つかりそうにありませんね。とはいえ、力づくに解体するわけにもいかないですし……兎羽野さん、これを解いた事は?」

「何度か挑戦しているが、まだ一度も解けたことはない」


 そう俺は手の中の鳥籠を見つめつつ、生前に何かヒントを残していなかったかを考える。


「知恵の輪は兎羽野さんにお任せして、僕は今までの事件と青い鳥の関連性をもう一度、調べてみますね」

「ああ……分かった」


 半ば思考に沈みながら返すと、リードが「何かあったら、すぐに連絡をしてくださいね」と席を立つ。


「警察バッジの緊急ボタンでも押しておくか?」


 おどけて言うと、リードは真面目な顔で深く頷いてみせる。


「それは、名案ですね。あなたがいる場所も分かるし、会話も聞けますから」

「……冗談だよ」


 思わず顔を顰める俺に、リードは眉を跳ね上げてにやりとする。


「勿論、分かっていますよ? では、失礼します」


 そう飄々とした面持ちで玄関に向かい、それを見送った後、ふとウィリーを思い出す。見れば、奴は腹が膨れたせいか、床の上で丸まった姿勢で寝息を立てていた。

 その横ではケルベロスが、両足を揃えて座っている。


「……お前は犬かよ……」


 呆れつつウィリーの後頭部を叩いて起こそうとしたが、その寝顔があまりにも呑気で平和だったので、毒気を抜かれてしまい、そのまま放っておくことにする。

 再び手の中のアミュレットに目を落とし、俺は小さく鳥籠を耳の横で振ってみる。十字架が鳥籠の中で触れる金属音の他に、小さなカラカラという音がするのに気づく。


「……ん?」


 もう一度振ってみると、やはり気のせいではない。よくよく耳を澄ませると、それは鳥籠の底の部分から響いている気がする。何か部品が壊れているのか……?


「いや……きっと違うな……」


 俺はふと彼女との会話を思い出していた。あれは、いつだったか……MEL空間からログアウトにして、彼女が鳥籠の知恵の輪を手に取っているのに気づいて、尋ねたのだった。


「なあ、その知恵の輪ってさ……解けるのか?」

「ええ、勿論よ。十字架を鳥籠から出してみて」


 そう彼女がこちらに鳥籠を差し出し、俺は思わず受けとりながら、それを見つめる。十字架を引っ張ってみるが、当然、出せるはずもなく思わず低く唸る。途端に真莉奈が小さく笑った。


「そのまま見るんじゃなくて、色々な角度で観察しないとね。答えは、思ってもみないところにあるものでしょう?」


 そう悪戯っぽい瞳を向ける彼女に、早々に諦めた俺はアミュレットを彼女に返してしまった。


「……色々な角度、か……」


 俺はふと思いついて鳥籠を逆さにしてみる。すると鳥籠が独楽のように見え、俺は息を呑む。


「そうか……なるほどね……!」


 俺は思わず独り言ちながら、テーブルの上に逆さにした鳥籠を置き、独楽を回すようにしてみる。

 くるくると暫く回転していた鳥籠がようやく止まり、テーブルに転がる。それを手に取り、俺はそっと鳥籠の底を引っ張ってみる。

 すると、鳥籠の底がゆっくりと抜けていくではないか。やはり、あの小さな音は鍵を開けるための部品で、独楽のように回すことによって遠心力でロックが外されたわけだ……!


「よし、やったぞ……!」


 思わず大きな声を上げると、眠りこけていたウィリーが「ふごっ!?」と奇妙な声と共に飛び起きて「なに……? 何事!?」と、寝ぼけ眼で辺りを見回すがそれを黙殺する。

 底さえ抜ければ、十字架を外に出すことは可能だ。

 慎重に十字架を取り出して、少し緊張しつつそれを眺める。しかし、それはただの十字架に思えて、思わず眉根を寄せる。

 観察するように十字架を見つめるが、やはり何か仕掛けがあるようには思えない。俺はもう一度、彼女の言葉を思い出す。


『答えは、思ってもみないところにあるものでしょう?』


 そう、答えは思ってもないところにある……俺は十字架をテーブルに置き、再び鳥籠を手に取る。


「こっちに答えがあるんだ」


 俺は先ほど外した鳥籠の底の丸い部分を手に取って、注意深くそれを見つめる。底の部分を指の腹でそっとスライドさせると蓋のように開き、俺は息を呑んだ。

 そこには、メモリーカードが収まっていたのだ。思わず大きく吐息を漏らしながら、ソファーの背もたれに寄りかかる俺に、ウィリーがきょとんしたように小首を傾げた。



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