DINER 666 【Episode:5】

〔5〕


「リード、どういう事だ!?」

『痺れを切らした九条君のお父様が、複数のダイバーなどに依頼をしたようです』

「ダイバーというよりは、破壊屋クラッシャーの間違いだろ……!」


 澄んだ青空はみるみる内に暗澹とした黒い雲に覆われはじめ、遠くからは、どぉんどぉんという爆発しているような音まで聞こえ始めている。

 きっとゴーグルのゲート部分を無理矢理に破壊して、こっちに乗り込んでくるつもりだろう。

 マズイぞ……父親は、少々荒っぽい連中を使ってでも、この隠し空間に突入して、九条少年を連れ戻したいらしい。


「クソッ! リード、こっちにアタックを掛けようとしている連中を止めろ!」

『電犯の捜査官に依頼をしていますが、なんせ数が多すぎて、間に合うか分かりません』


 俺は道具箱にアクセスしながら、怯えて立ち竦む二人に安心させるように言う。


「少し庭を荒らしてしまうかもしれないが、きみ達に危害は加えさせないにする。だから、少しシェルターの中に避難していてくれないか」


 そう俺はドーム型の透明シェルターを用意し、彼女達を中に促す。ルナとノアが中に入ったのを確認し、ロックを掛ける。俺は道具箱の中から攻撃アタック専用キットを取り出して起動し、AIアシスタントのアテナに言う。


「アテナ、フォローを頼む」

『はい、マスター。ご無沙汰しております』

「まずは、空間に入り込めないようにシールド『鳥居』を設置してくれ」

『はい。シールド鳥居を設置します』


 途端に数百ピクセル離れた空中を含む周辺をぐるりと囲むように、巨大な朱色の鳥居がいくつも立ち並ぶ。これで下っ端の破壊屋どもは弾かれる。しかし、問題は深層空間で活躍している連中、電脳ヤクザどもだ。


「アテナ、ヴェノムを解放してくれ」

『はい。種類はいかがしますか?』

「蜂で頼む。ありったけ飛ばしておいてくれ」

『はい。フォルダ内の毒蜂、千匹を全て解放します』

 こぶし大の猛毒を持つ蜂が空に向かって飛び立ち、鳥居の前に待機し始める。鳥居を潜ってこられたとしても、蜂の毒でゴーグルを破壊されて退散できるだろう。


『マスター、武装しますか?』

「ああ、頼む」

『TYPE―YAOROZUを装着』


 アテナのチョイスで、こじゃれたスーツが消失し甲冑をイメージしたアーマースーツが装着される。久しぶりの攻撃アタックキットの起動だ。上手く使いこなせるだろうか?

 鋼鉄のグローブの稼働を確かめるように握りこぶしを造り、そっと指を動かす。


『Armored sleeveは正常起動、Cuirassの防御率100パーセント、Thigh guardの防御率100パーセント。アーマースーツに異常はありません。武器はいかがなさいますか?』

「グロック二丁、スコーピオン、ロケットランチャー、手榴弾はありったけ出しておいてくれ」

『KATANAはいかがでしょう?』

「いいね。背中に装着しておいてくれ」


 指示した武器が瞬時に装着され、グロックの安全装置を解除しながら、シェルターの中でどこが茫然としている二人を安心させるように、軽く片目を瞑ってみせる。


『マスター、BGMにロックミュージックなどいかがでしょう?』

「そうだな、ホッパーになるようなものを頼む」

『かしこまりました。フェイス部分保護のマスクをお忘れなく』


 いつも聞いているロックミュージックがMEL空間に爆音で響き始める。

 アテナに促されて鋼鉄で出来た狐面のマスクを装着したところで、青空はすっかりと禍々しい曇天と、遠雷が轟き始める。きやがったな、クズども。

 どぉん、どぉんという空間を突き破るような音と共に、さっそく武装した奴らが幾人か姿を見せるが、シールドの鳥居を潜れずにリアルにはじき返されている。

 それでも数十人の破壊屋が鳥居をくぐってきてしまい、しかし待ち構えていた毒蜂たちに刺されて、悲鳴をあげながらログアウトしていく。


「まったく、親父さんは、どんな連中に依頼をしたんだ……?」


 毒蜂に刺されて落下していく奴らは、どうみてもカタギじゃなくて電脳ヤクザや、性質の悪そうな電脳ギャングどもだ。戦闘の猛者がそれでも毒蜂の攻撃をかいくぐってしまい、こちらに突進してこようとしている。

 熊を模したような巨大な体躯のアーマースーツを身に付けた奴がこちらに突進してきたので、俺はロケットランチャーを手にとり、熊野郎の頭に照準を合わせて発射する。

 ロケット弾がドゴォンという轟音と共に爆ぜ、熊野郎はログアウトしていく。続けざまにいやにゴテゴテとした装甲車で突っ込んでこようとしてくる奴がいたので、そいつにも一発お見舞いしてやる。

 装甲車がスピードを保ったまま、ロケット弾の衝撃でひっくり返り、消えていく。


「こりゃ、埒があかないな。アテナ、飛行モードを起動」

『かしこまりました』


 俺は空中へと浮上し、自分の身体を囲むように円形にロケットランチャーやバズーカを配置する。そして、毒蜂の攻撃をかわした奴らに向けて一気に発射する。

 破壊音と共に猛者どもがどんどんログアウトしていき、ほっとしたのも束の間、悲鳴が聞こえてハッと地上を見下ろせば、地面から不気味な蜘蛛のアーマースーツを装着したやつが這い出てきて、シェルターを破壊しようとしている。

 俺は、グロックを構えて数発、蜘蛛野郎に弾をぶち込む。忌々しいことに防弾仕様らしく、アーマースーツが弾を弾き返し、仕方がないので手榴弾を投げ落とす。


「くらえ、イースターエッグ!」


 蜘蛛野郎もさすがに手榴弾の攻撃は堪えたらしく、そのままログアウトしていく。

「アテナ、ロケットランチャーとバズーカをオートモードに移行。弾がフォルダから無くなるまで補填し、連射」

『かしこまりました』


 ロケットランチャーとバズーカが自動モードで延々と発射しはじめ、俺は垂直に地面へと着地する。シェルターは攻撃されたがまだ無事で、中にいる少女達も恐怖に強張った顔で身を寄せている。

 俺は安心させるように彼女達に頷いてみせ、リードに通信する。


「おい、リード! お前、仕事をサボってるのか!?」

『サボってなんかいませんよ! あと数分で電犯の特殊部隊がそちらに派遣されますから!』

「数分じゃ遅いんだよ! クソッたれ!」


 思わず怒声を張り上げ、そのまま通信を切断する。まったく、これだから公務員は使えないんだ。仕方ない、二人を俺の領域に避難させるしかない……そう彼女達を見やると、ルナが何かを叫んで俺の背後を指差した。

 ハッとしたのと同時に腰のあたりに衝撃が走り、気づけば俺は地面に転がっていた。

 腰部への衝撃により三十パーセントの機能低下、とアテナのアナウンスがあり、思わず舌打ちする。勢いを付けて起き上がり、俺に回し蹴りをくらわせてきた相手を睨む。

 そこには赤を基調にしたアーマースーツを身にまとった女がいた。スタイルの良さを強調するようなボンテージ姿で、悪魔の角のような装飾が施されたフルフェイスのヘルメット型のマスクを被っているため、その顔は分からない。

 マズいぞ……こいつは、暗殺者(アサシン)タイプのダイバーかもしれない。俺は女の元へ走りながら、両手に持ったグロックの引き金をひく。

 同時に女もこちらにベレッタを構えて、続けざまに発砲する。咄嗟に動体視力モードをマックスまで上げて、こちらに飛んでくる弾を避けながら、空中で横に回転しながら撃ちまくる。

 女も同じように大きくバック転をし、そのまま真横に移動しながら、こちらの頭部を狙って発砲してくる。避けきれなかった弾が俺の肩を掠め、こちらが放った弾丸が女の腕を掠める。


『肩への被弾。十パーセントの機能低下』

「クソッたれ! 健脚スキップモード起動」


 女が少しバランスを崩して着地したのと同時に、秒速で女の前に移動し、そのまま頸動脈を狙って抉るように回し蹴りを繰り出す。しかし、女が大きく背中を後ろに反らせて、ブーツの爪先が女のヘルメットを掠めて火花が散る。

 そのまま女が身体を逸らしたまま、俺の顎を狙って足を蹴り上げる。咄嗟に身体を捻ってこちらも受け身を取りながら避ける。間髪入れずにそのままグロックの引き金をひいて、旋回するように走りながら、再び女との距離を詰める。一方の女も前を見据えたまま、両腕の動きだけで二丁のベレッタで旋回する俺を狙ってどんどん発砲してくる。後頭部にも目がついているのかと疑うくらい的確な射撃だった。

 途中で弾切れを起こしたグロックを放り投げ、俺は背中に装着したKATANAを抜いて、弾丸をどんどん弾き返す。女との距離が近づき、そのまま空中に高くジャンプする。

 俺が視界から消えたことで女に一瞬の隙が出来て、俺はヘルメットの禍々しい角を一瞬だけ掴み、女の背後に着地する。それと同時に、シェルターに向かって疾走する。


「アテナ、シェルターのロックを解除だ!」

『かしこまりました』


 女が追いかけてくる気配を感じながら、俺はスライディングしてシェルターに滑り込み、再び鍵を掛ける。女が巨大なハンマーを取り出し、シェルターを叩き割ろうとし、ノアとルナが悲鳴を上げる。


「二人とも、俺の領域に避難するぞ」


 血の気の引いた顔の二人を両脇に引き寄せて、移動を開始する。底なし沼に沈むように俺達の身体が、深層空間へと向かって呑み込まれはじめ、俺はハンマーを振り上げた女に向かって両手の中指を立ててみせる。



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