「センパイって特別なチカラを使う人かな」

 しばらく軽音部室で過ごしてたら、ポケットの中でスマホが震えた。姉貴からのメッセージだった。


〈十分後くらいに通話、できる?〉


 おれは「OK」と返信して、ふみのりに一声掛けた。


「ちょい用事。今日んとこは帰るよ」

「そうか。何かあったら、連絡しろよ」


「何事もないことを祈るけどね。駅前でライヴするの、明日だっけ?」

「ああ。暇ある? 聴きに来てもらえると、こっちとしても張り切れるんだけど」

「行く行く。たぶん、姉貴も行きたがると思うよ~」


 じゃあまた明日、って。軽く右手を挙げるだけのありふれた挨拶。こんな空気は久しぶりだ。


 軽音部室を出て、廊下の角を曲がって、いきなりだ。

 女の子がおれにぶつかった。それがけっこうな勢いだったから、女の子はふらついた挙句に転んだ。


「きゃんっ! ご、ごめんなさい!」


 黒髪ショートボブの、色白な子だ。華奢な体つきで、めくれたスカートから、ほっそりした太ももがのぞいている。


 目を惹かれた。


 かなりの美少女。姉貴とは全然違うタイプってのがいい。塗れたような大きな黒い目が印象的。純然たる東洋系の美少女ってやっぱいいよなーって、西洋人みたいなことを思ってしまった。


「だいじょぶ? どっかケガしてない?」


 おれは女の子の前に膝を突いて、ニッコリしてみせた。

 女の子はクルッと表情を変えた。清楚そのものな外見に反して、しゃべり方はよく弾むし、元気のいい子みたいだ。


「すみません、わたし全然大丈夫ですけど、むしろケガなかったですかっ? というか、ケガなくても痛くなかったですか、すみません!」

「おれも全然大丈夫。急いでた? あー、でも、この先って特に教室もないよ。道に迷ってたとか? 何にしても、前見てなきゃ危ないよ~」


 女の子の頬が真っ赤に染まっている。キレイな形のピンク色の唇に、繊細そうに長いまつげ。校章の色を見るに、一年生だ。入学したてで、まだ化粧すらしてない。

 かわいいじゃんって思うと、ほとんど条件反射だった。


【ねえ、きみさ、おれとデートしない?】


 号令コマンドでナンパ。成功率は、今まで百パーセント。もしも相手が、おれの想定する以上におれのこと気に入っちゃってた場合は、おれでも制御不能なくらいドハマリしてくれたりする。童貞卒業したときも、そんな感じの事故的なケースだった。


 女の子が、ひゃっ、と喉の奥で小さな声を出した。


「や、えっとその、デ、デートって、そんなっ! わたしではセンパイに釣り合わないですし、今からちょっと行きたい場所がありまして、すみませんっ!」

「え……」


「おおおお誘いいただくのはすごくとっても光栄なんですけれどもっ、わたし、すっ、好きな人がほかにいまして、その人のことしか今は考えられなくて! 生意気を言ってごめんなさいですけど、そういうわけなのでごめんなさいっ!」


 折れちゃいそうに細い、かわいらしい声が、おれに驚愕を与える。

【何で、おれの声が……】


 女の子は慌てふためいた様子で自分の顔や髪をさわりながら、チラチラと上目づかいでおれを見た。


「もしかしてなんですけども、違ってたらすっごく変なこと言うので聞き流してもらいたいんですけども、センパイって特別なチカラを使う人かな、って思うんですけども」


 おれは女の子を凝視した。

 違う。このショートボブの子じゃない。夢に出てくる青龍の女の子は長い髪をしていて、絶対にこの子とは違う。だいたい、朱獣珠が何も言わないんだ。宝珠の預かり手のはずがない。


 記憶がパッとよみがえった。文徳と初めて話したときの記憶だ。


 まわりみんながぐっすり眠ってるときに、文徳ひとりだけ楽しそうに笑ってた。「これやったの、きみなんだろ?」って、すっげーナチュラルに訊かれて、ギョッとした。弟のあきらもチカラを使うんだって話を聞き出すまでは、あの笑顔は怖かった。


 この子も文徳と同じ?

「預かり手の、血筋……」


 ヤベぇ、うまく言葉が出てこない。


 女の子が代わりに言葉を重ねようとした。次の瞬間、また、おれは驚いて息を詰めた。

 別の女の子が、速足で廊下をやって来る。


「ちょっと、さよ子! 走ったら危ないって言ったでしょ。昨日も電信柱にぶつかりそうになったんだから、そろそろちゃんと気を付けてよ。ケガしなかった?」


 朱獣珠がハッキリと熱を持った。鼓動のようなリズムが高鳴った。

 間違いない。この子だ。


【青龍の預かり手】


 小柄な美少女。口が裂けても本人には言えない表現で申し訳ないけど、典型的なロリ巨乳だ。真ん丸な目は青みがかっていて、色白な顔は、頬も唇もマシュマロっぽい。胸の発育が大変よろしい。軍服に似た制服をカッチリ着ててさえ、ハッキリわかる。


 その胸のあたりで、チカラが鼓動するのが感じられた。


【いきなりド直球の質問しちゃうのはアレかもしんないんだけどさ、気の利いた言葉も思い付かないし、単刀直入に言うよ。不思議なペンダント、付けてんでしょ?】


 さよ子って呼ばれたほうの最初の美少女が、おれと青い目の子を見比べた。


「鈴蘭、このセンパイと知り合い?」

「知り合いじゃないけど、知り合うべき人だと思う。宝珠が……わたしの青獣珠が、そう言ってる。あなたは朱雀の預かり手ですね?」


 まじめそうな表情で、青龍の鈴蘭はおれを見据えた。ほぼ毎日、夢で会い続けてるだけに、デジャ・ヴが強烈だ。


「おもしろいほどあっさり集まっちゃうもんなんだね~。運命が動き出したって感じ? おれは長江理仁。青龍ちゃんのおっしゃるとおり、朱雀だよ」


「安豊寺鈴蘭です。こっちは、同じクラスの平井さよ子。わたしにチカラがあることにすぐ気付いて、何か困ったことがあったら頼ってほしいって、友達になってくれたんです。さよ子も宝珠を預かる家系の子だから」

「その宝珠って、四獣珠じゃない別系統のやつだよね?」


 おれの確認に、さよ子はうなずいた。


「うちのパパのは、四聖獣と直接は関係のない宝珠です。宝珠には、すごくたくさんの種類があるんですよね。陰陽とか、四方とか、五行とか、十干とか、十二支とか、二十八宿とか。それで、均衡し合う母数が大きいほどチカラが弱くなる」


【そーいうこと。おれらの四獣珠は四で均衡してるから、けっこうランクが高いんだよね。そのぶん、宝珠が起こせる奇跡の規模がデカいし、おれら預かり手のチカラも強い。四獣珠より上にあるのは陰陽の二極珠くらいなもんだって、うちの古文書に載ってた】


 鈴蘭は緊張の面持ちだった。胸のあたりでギュッと手を握る。


「長江先輩、ご存じですか? 瑪都流バァトルの煥先輩もチカラを持っているみたいなんですけど、四獣珠だと思うんです。煥先輩を見ると、青獣珠がドキドキして騒ぐのがわかるから。でも、わたし、直接には確認できてなくて」

「何でそう自信なさげなの? おれの朱獣珠は、すぐわかったんでしょ?」


 鈴蘭の頬が、パッと真っ赤になった。


「だ、だって、このドキドキは青獣珠のものだと思うんですけど、ひょっとしたらわたし自身かもしれないって気になってしまって、それに、何て声をかけたらいいのかなって、えっと……」

「要するに、あっきーがカッコよすぎて声かけらんないわけだ」


「あ、あっきー?」

「おれはさっき話してきたよ~。もともと、あっきーのにいさんの文徳と仲いいからね。軽音部室は関係者以外キープアウトだけど、特別に入れてもらっちゃってさ」


 その瞬間、さよ子と鈴蘭の声がハモった。

「ずるい!」


 ふーん。あっそう。

 この時間帯にこの先に行っても、瑪都流の軽音部室しか、使われてる教室がないんだよね。何でこの子らがいるのかなって思ったんだけど、煥がお目当てだったのか。


 つーか、さっきさよ子が言ってた「好きな人がいる」って、煥のこと? 煥って、おれとは正反対なタイプじゃん。脈なしすぎて笑える。


 おれはことさら、へらへらと頬を緩めてみせた。

「四獣珠の件、あっきーで間違いないよ~。あの銀髪のイメージどおり、白虎だ。しっかし、あっきーって、うらやましいくらいのイケメンだよね。モテるんだろなー。妬けるなー」


 さよ子が勢い込んで、おれに顔を近付けた。

「男の人から見ても魅力的な男の人って、本物って感じですよね! 煥先輩って超カッコいいですよねっ!」


 そういや、さよ子、ずっこけて廊下に座ったままじゃん。体、冷えるよ。

 おれはさよ子に手を差し出した。


「あっきーもカッコいいけどね、おれもなかなかイケてない? 第二候補に、どう?」

「にゅあっ?」


 さよ子が変な声を上げたんで、おれは思わず噴き出した。


 おれは、さよ子の脇の下から腕を差し入れて、その軽い体を肩でかつぐようにして、ひょいと持ち上げて立たせた。体に触れたのは一瞬だ。さよ子の体は、うまいこと力が抜けた状態だったし、痛くもなかったはずで。


 介護のプロからコツを習った。抱えるほうと抱えられるほう、どっちにも負担の少ない体の使い方は、覚えておいて損がない。使える場面は意外とあるんだ。今みたいな遊びだけじゃなくて、本命って呼べる場面が。


「コケないように気を付けなよ~?」

「ははははいっ!」


 さよ子は真っ赤になって、ペコペコしながらおれに礼を言って、逃げるように廊下を去っていった。鈴蘭もさよ子を追い掛けて、行ってしまった。


 連絡先は、お互いに訊かなかった。だって、近いうちにまた必ず四獣珠が引き合うはずだって、確信があるから。


 あ、でも、あの子ら、煥の出待ちするつもりだったんじゃねーの? おれが追い返しちゃったよ。

 やれやれって気分で、息をついて。


 ポケットでスマホが唸った。姉貴からの電話だ。おれは通話アイコンをタップした。画面に姉貴が映る。


〈もしもし、今は電話して大丈夫?〉

「大丈夫だよ。部屋探し、ごくろーさん。いい物件、あった?」


〈もう決めてきたわ。即入居可能の部屋だから、できるだけ早いうちに家具でも何でもそろえて、引っ越しちゃいましょ〉

「早っ! さすがすぎますゎ、おねーさま」


〈今週末は家具と家電の買い物ね〉

「了解。で、今日はこれからホテルに戻ればいい?」


 一拍、間があった。

 姉貴は画面越しにおれを見つめた。


〈病院に連絡してみたの。面会、午後七時まで許可できるって言ってもらった。行くでしょ?〉


 一拍、おれも答えそびれた。

 それから、無理やり笑って答えた。


「行く」


 一年間、目を背け続けてきたから。

 そろそろちゃんと会いに行かなきゃ。

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