最後の願い

「しかし、じゃあオレたちはどうすればいいんだ。この魂石ソウルジェムがほんとうに願っていることしかかなえてくれないのなら、オレたちは永遠に明日をむかえられないってことになるぜ」


 ゼノスが焦りをふくんだ声でいいます。


「これ、やっぱりあたしのせいだよね。あたしがよけいなことをしたから、明日が来なくなっちゃった」

「ノーラ、自分を責めてはいけない。ぼくたちだって、願いをかなえることができなかったんだから」

「でも、このままだとまた今日をくり返さなくちゃいけなくなるよ。みんなが今日のことを忘れたら、またぜんぶ一からはじめないといけなくなる」

「そうだね、リズ。きみだけは今日のことをおぼえているだろうけど、皆の気もちがかわらない以上、僕たちは今日から出ることができない」

「じゃあ、できることはなにもねえな」


 すっかりあきらめた様子で、ゼノスは地面に寝ころがりました。


「いっそのこと、この魂石ソウルジェムにリズの記憶を消してくれるようにお願いするのも手かもしれない。彼女だけがくり返される今日の記憶を持っているのでは、そのうち気が狂ってしまうだろう」

「トグリル、そう思う。リズだけ苦しむ、よくない」

「おい、それじゃなんの解決にもならねえだろうが。永遠に今日をくりかえして、それに気づかなきゃそれでいいっていうのか?」

「なら、きみにはなにかいい知恵があるのかい?」

「そんなもんがオレにあるわけねえだろう。知恵を出すのはお前の役目だろうが!」

「ゼノス、大きな声を出さないで」

「なんだと?じゃあお前が奇跡を起こして明日を呼んできてみろよ、聖女様」

「もうやめて!もともとあたしが悪いんだし、こんなことで争わないで」


 ノーラが身を乗り出してさけぶと、魂石がまばゆく光りはじめました。そして、石の中でまたたいていた星のひとつがみるみるうちに小さくなり、消えてしまいました。


「あっ……」


 ノーラがあわてて手を引っこめました。気づかないうちに、ノーラの指さきが魂石に触れてしまっていたのです。

 

「どうすんだよ……これでもう、残りの願いは四つになっちまったぞ」


 文句をいいながらも、ゼノスの声はすこし落ちついていました。ノーラの願いがかない、かれは争う気をなくしたのでしょう。


「魂石はぼくがあずかっておこう」


 アルドがおおきな丸い石をひろいあげ、しげしげとながめます。


「リズ、きみはどうだい?今日がくり返されていることを、忘れたいか?」

「忘れてはいけないと思う。忘れさえしなければ、なにかいい知恵が出るかもしれないから」

「へっ、今日思いつかなかったことを、明日、いや三度めの今日に思いつくってのか?聖女様のない知恵に期待するより、このオレ様にいい知恵があるぜ」

「それはなんだい、ゼノス」


 先をうながすアルドの手から、ゼノスが魂石をひったくります。


「考えてもみろ。オレたちが明日がきてほしくないと思ってるのは、グラニコスを倒しちまったからだろ?魔王なきあとの世界では、オレたちは生きにくいからだ。なら、願うべきことは決まってるじゃねえか」

「ゼノス、まさか」


 魂石をうばい返そうとするアルドの手をはらいのけ、ゼノスは叫びます。


「魔王グラニコスよ、すみやかによみがえれ!」


 みんなが息をのむ音がきこえました。魂石がゼノスの願いを受け入れ、光をはなちます。そして、低いうなり声とともに、かたい鱗をまとった魔王がゆっくりと身をおこしました。


「なんてことをするの、ゼノス!」

「おやおや、聖女様、これこそがおまえが望んでることだろ?あいつが生きていてこそ、オレたちには役割が与えられるのさ」


 目を血走らせながら、ゼノスはさらに言葉をつづけます。


「グラニコス、北の大地へ飛びされ!」


 ふたたびゼノスの願いを受けいれた魂石がまばゆく光ります。

 グラニコスは大きな翼をひろげると、夜空へ舞いあがりました。

 魔王はそのまま、ウィルダニア北部の永久氷壁へとむかって飛びさっていきます。


「このままではいけない。きたれ天の雷よ、わが命にしたがい、かの者の自由をうばえ」


 アルドが呪文をとなえると、耳をつんざく轟音とともに稲光があたりを照らし、電撃の輪が魔王グラニコスの手足をしばりました。グラニコスはおぞましい悲鳴をあげ、地面に落ちてきます。


「おい、なにをしてるんだ、アルド。はやく電撃緊縛ライトニングバインドの呪文を解除しろ。グラニコスが遠くに去ってしまえば、オレたちはまた冒険の旅をはじめられる。ウィルダニア中の人間がオレたちにすがる日々がまたくるんだぜ。それではじめて、オレたちも明日をむかえる気になれるってもんじゃねえか」

「そういうわけにはいかないよ、ゼノス。グラニコスがこの世界にもたらす災いを甘くみてはいけない。このままでは、テメレアが預言したとおり、ほんとうに灰の時代がきてしまうぞ」


 魔王の炎がすべてを焼きつくしたあとにおとずれる、終末の時代。

 世界のすべてが灰におおわれる未来を思いうかべ、わたしは身ぶるいしました。


「ふん、よく言うぜ。そういうお前だって、明日がきてほしくないと思ってたんだろうが。こいつが生きてたほうが都合がいいんだろ?」

「そうだね。──だから、こうする」


 アルドがぱちんと指を鳴らすと、グラニコスをしばっていた雷の輪がほどけました。グルルル……とのどを鳴らしながら近づいてくるグラニコスを前に、ゼノスは魂石を放りだし、剣を抜きました。

 アルドはすばやく魂石をひろいあげ、声に力をこめます。


「グラニコスよ、ぼくに炎を吐きかけろ!」


 その願いを受けいれ、魂石がまた輝きを増しました。

 グラニコスはおおきく息をすいこみ、お腹をふくらませます。

 ゼノスは急いでグラニコスにかけ寄り、あごの下に剣を突きこみました。今日の戦いで、すでにそこが弱点だと知っていたのです。魔王はするどいクチバシの先からたくさんの血を吐きだしながら、どう、と地面にたおれました。


「……考えたな、アルド。こうすれば、オレがグラニコスを斬らざるをえないってわけか」

「魔王は竜族だし、炎を吐くまえには必ず予備動作が必要だからね。きみならその隙をのがすはずがないと思ったんだよ」


 まさか、一日に二度も魔王と戦うことになるとは思いませんでした。

 わたしは、アルドの手元の魂石に目をむけます。そのおおきな石には、もう星がひとつしかありません。


「アルド、どうするの?もう、あと一つしか願いはかなえられないよ」


 問いかけるわたしに、アルドは向きあいます。


「今日はもう、みんな疲れている。これ以上ここで考えてみても、いい知恵はうかばないだろう。今日はもうぐっすりと眠って、あとは明日の、いや三度めの今日のリズになんとかしてもらったほうがよさそうだ。朝がくれば、また魂石の星が七つにもどるからね」

「ふん、大賢者様でももうお手上げってわけか。たしかに残りの願いがあとひとつじゃあ、なにを叶えていいかもわからねえしな」

「なにを他人事みたいに言っているの、ゼノス?魂石の星を減らしてしまったのはあなたでしょう?」

「オレはみなの願いをかなえてやっただけだ。魔王の脅威のない世界では、おまえの力なんて邪魔にされるだけなんだろ?聖女さまよ。はみ出しものばかりのここの連中に、オレは居場所を与えてやろうとしただけだ。それのなにが悪い」

「グラニコスがいなくなれば、もうみんな魔物の襲撃におびえなくてすむ!」

「おいケモノ耳、今までの話をきいてなかったのかよ。グラニコスの脅威がなくなれば、ヴィルサスとアルバスカがまた戦をはじめるって言っただろうが。魔物のかわりに、人間がこの大陸を荒らすだけのことだ」

「ノーラ、むずかしいことはわからない。でも、魔王を生かしておくほうがいいなんて、あたしにはどうしても思えないよ!」

「青くさいことを言ってんじゃねえ!じゃあお前にはなにかいい考えでもあるのか!」

「ゼノス、ノーラ、これ以上いけない」


 今までだまりこくっていたトグリルが、ふたりの間に割ってはいりました。

 トグリルは赤く光る眼で二人を交互に見たあと、アルドに向きなおります。


「アルド、その玉、よこす」


 トグリルの声には、いつになく強い力がこもっていました。

 アルドはトグリルの考えを察したかのように、そっと魂石をさしだします。


「だれも悪くない。この玉、争いをよぶ。トグリル、これ、こわす」


 トグリルは右手を高くふりあげると、いきおいよく魂石を地面にたたきつけました。魂石がひときわあかるく光ると、ぴしりという音とともに亀裂がはいり、その玉はきれいに五つに割れてしまいました。


「……お手柄だよ、トグリル」


 アルドがトグリルに微笑をむけました。トグリルの表情はあいかわらずよくわかりませんが、赤い目がすこしだけうるんでいるようにも見えます。


「おい、こりゃどういうことなんだ」

「たぶんトグリルは、本気で魂石を叩きこわすつもりだったんだろう。でもトグリルの言葉を、魂石は願いごととしてききとどけた。だから壊れたんだ」


 わたしたちの小ざかしい考えよりも、トグリルのまっすぐな気もちが、時の牢獄からわたしたちを救いだしてくれたようです。


「ええと、魂石がこわれたらどうなるの?」

「魂石の力がぼくたちの願いをかなえていたんだから、もう今まで願ったことは無効になる。つまり、ぼくたちは無事、明日をむかえられるってことだよ」


 わたしは、大きく息をはき出しました。

 これで、ようやく、わたしたちは今日のくり返しから抜けられるのです。

 ほっとしたせいか、急にまぶたが重くなってきました。ここで目を閉じ、ふたたび目をあければ、明日がやってくるのです。

 魔王のいない、明日が。

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