終わりの街

江戸端 禧丞

街の終焉

 アタシ達に必要なのは力と武器と、自由と報酬だ。今でこそ、当たり前のように確立されてるけど、ほんの五~六年前までは酷いモンだった。これは、まだ周囲には味方と呼べる人達が少なくて同じ街で生まれ育ってきた同胞だっていう意思を持って共闘した、初めての戦争の話。


 ※※※


 砂が風に舞きあげられる一帯には家と言えるような家なんてない、そもそも建物らしいものが大してない、あったとしてもいつ崩れてもおかしくないような廃屋とか廃ビルとか、そんなモノくらい。太陽を遮るものはほとんど無いのに一日中薄暗くて陰気なのは何でだろうと、ボーッと考えるだけの日も少なくなかった。アタシはズタボロの薄汚れた白い布を身体に巻きつけて、フリフリのドレスみたいにして着るのが大好きで、よく周りの人達に手伝ってもらう。着替えを済ませたら、ボロボロの白いドレスを引きりながら皆が無事か確かめるために広い範囲を練り歩く、それがアタシの日課で、たぶん自分にされた役目だと思ってた。こんなさびれた場所だから、消えてく命、転がってる死体、そんなものには毎日出くわす。仲間が死ぬのはつらくても、気持ちを無視して疫病阻止えきびょうそしのためにその死体を始末しなきゃならない、でもそこに関しては困らなかった、少し場所が離れてるけど物好きな奴等やつらが惜しみなくかねを出して買ってくれるから。


 ココには戸籍も名前もない人達が多い、でも誰にも名前を呼ばれずに生きて死んでいくのはきっと寂しいことだと思った、だからアタシは勝手に名前をつけてた。看取り番みたいな事をするときもある、自分は死なないのに周りの皆は次から次へと死んでいく、強い子しか生き残れない場所だから。物心がつくかどうかぐらいの時まではアタシにも名前はなかったけど、あの夏の暑い夜に、真っ黒なドレスを着た長い長い黒髪の女の人が突然目の前に現れて、アタシに[リューヴォ]って名前をつけてくれた。その人は、名前と一緒に歯車が噛み合ったみたいな金属のチョーカーをアタシの首にめて[コレは必ず必要になる物よ]と言って暗闇に消える寸前、思い出したように振り返ったと思ったら[困った時はソレを使え]そう言いながら何かを放り投げられた。ソレは小さめの携帯端末で、使い方も、どうして与えられたのかも割りとぐに分かった。あの日からアタシは、ずっと[リューヴォ]だ。


 低い身長がコンプレックスで、頭の天辺てっぺんで黒い髪をお団子頭にしてる、こうしておけば少しは高く見えるだろうって、[お人形さんみたい]って言われるならまだ許せるけど、アタシを[チビ]呼ばわりする奴は許さない即殺してやる。あの黒い女の人が現れた少しあとアタシはズタボロの白いドレスを着なくなった、本当にやりたい事が見つかったから、だから脅威きょういと戦うための服を着るようになった、こっそり特訓もしてた。


 最近、ここら一帯では広範囲に渡って色んな組織が縄張り争いを繰り広げてて、それに巻き込まれて大怪我を負って逃げ帰ってくる子だとか、死体になって帰ってくる子が後を絶たない…自分には何が出来るのかって考えずにいられなかった。考えている間にも守りたい人達を失い続けて、妹みたいに可愛がってた子や、何でも相談できるくらい慕ってた人まで目の前で死んでいった。ある日の真夜中、アタシは初めて自分の意志で、この一帯を率いるリーダーとして、密かに結びつきを築いてきた仲間全体へ漏れなく通達を出した、ドン・リューヴォからの初めての命令だ、この縄張り争いの一角を全力で落として叩き伏せ自分達のモノにすると…─。この一大決心をしてから、あっという間に数週間が経った、アタシ達は戦争に備えて色んなことを学んで物資を揃えて、時が来るのを待っていた。


「…リューヴォ」


「リアナ、どうしたの?問題?」


「いんや、アンタが心配でさ…最近ずっと寝てないだろ?気持ちは分かるけど…見張り代わるからさ、となりで寝ててくれよ。うちらのドンなんだ、たまには側近に頼れって」


 苦笑いしながらアタシのところへ来たのは、いつもさり気なく手助けをしてくれる…燃えるような長い赤髪と、褐色の肌、黒い戦闘服を着ている[隻眼せきがんのリアナ]、その切れ長い左の黒眼が大好きだ。いつの事だったか記憶はあやふやだけどリアナは、まだ今よりずっと馬鹿だったアタシの身体を無防備な状態でかばってくれて、そのときに右眼をくした、いま隣にいられる事が嬉しい。基本的にアタシは眠れない、聴こえすぎるし視えすぎるから、でもリアナが居てくれる時だけは特別でグッスリと深い睡眠をとることが出来る、これは本当に不思議としか言い表せない感覚だけど嫌いじゃない。


「…ありがとう、それじゃあ眠らせてもらうね」


「おう、今はさ、しっかり眠っときな」


「うん…」


 リアナは優しい、とても…─。



 ※※※


 眠りに落ちたっぽい横顔を見詰めてみる…うん、可愛いや、うちらのドン・リューヴォは、めちゃくちゃ可愛らしい。華奢で色白で、真っ赤な唇に、深い瑠璃色の大きな目をした、人形みたいな鬼だ。小さな頭の、ひたいと髪の生え際あたりに蒼白い角が二本、ちょこんと生えてる。寝てる間だけが無防備で、ふだん隠してる角も出てくる、リューヴォは人間じゃあねぇ、それはずっと前から本人も知ってることで、この辺で生まれた人間なら知ってて当然のことだったし、身体能力もハンパない。おんなじ人間じゃなくたって、ココが守りたい故郷だって気持ちはおんなじだ、この街でリューヴォより強いヤツは見たことない、だからリューヴォがうちらのドンとして認識されてる。縄張り争いでこの地区になだれ込んできたヤツら全員が敵だ、こっちの生活をおびやかして掻き乱して、居座るのは許さねぇ。ココには、ココだけのルールってもんがあるんだ、それを守らねぇヤツに居場所なんぞない。


(風だけは、気持ちいいな…)


 夜遅い時間になってくると、元々この街で暮らしてるヤツら…言葉にするなら仲間で味方か…─ソイツらが静かに動き始める。この街で生きてるかぎり選べる道は少ねぇって言えるだろう、殺し屋になるか、情報屋になるか、武器商人になるか、それぐらいのモンだ。うちらが住んでる場所は、だいぶ昔から[闇商人の街]っつって呼ばれてたらしいから、ふだん別の地区へ仕事に出てくヤツらにしても拠点はココだし、で、なんか自然にそのまま[殺し屋の子は殺し屋]になって[情報屋の子は情報屋]になるし[武器商の子は武器商]になる感じで延々と続いてきたって、うちの母ちゃんが言ってた。当然ほかの副業的な仕事もやれるけど、コッチの世界で生きることに変わりはねぇ。しばらく見張りをしてたら、見覚えのある何人かの影がすぐ下のほうへ集まってきてた、みんな考えることは一緒らしいな。


 ※※※


 リアナの隣でグッスリ眠ってから、また数週間が経った、作戦は静かに確かに進行してる。必ず、この作戦は完遂しなきゃいけない、沢山の仲間がアタシに付いてきてくれてて─…きっと皆わかってると思う、これは戦える人間全員が命懸けでいどまないと勝てない戦争だってことを。少しずつ、少しずつ作戦決行の日が近づいてくるのが不安だった、アタシは沢山の人の命を預かってる、背負いきれるのか。全員無事では済まない一世一代の戦いになるハズだ、命令を出してすぐの頃に、幹部として動けそうな人間をほんの数人、リアナを筆頭に選んでおいた。それぞれがこの縄張り争いに必要な専門スキルがある人間たちをまとめ上げられるだけの、高い能力を持ってるし信用できる。そこに賭けるしかない、この作戦は都市の一角を落とすのに必須なこと、ここら一帯でこれ以上、色んな事情で戦闘には出られない仲間達が、むざむざ死んでいくのを食い止めたい。アタシが不安を感じる部分は、沢山いる仲間の中から選んだ五人が支えてくれる。


 元々治安の悪いこの街で生まれ育ってきた彼女たちには、アタシが[ドン・リューヴォ]って呼ばれるようになったのと同じ感じで、いつの間にか通称がつけられていた。[隻眼せきがんのリアナ]は今回の件で、近距離戦闘型の人間たちを率いる役目に就いた。他の四人は、戦場になる場所の情報収集をする情報屋たちを纏める[疾風はやてのメリッサ]、戦闘には必須の、武器を揃えて配給する武器商人の集団の筆頭に立つ[赤眼あかめのエマ]、主に武器商人たちとタッグを組んで動く中距離戦闘特化型要員たちの司令塔は[豪撃ごうげきのルーチェ]、爆薬製造に精通してる爆発物専門の爆弾魔たちを指揮する爆破の天才メアは[業火ごうかの死神]。


 一癖も二癖もある人間ばっかりだけど、アタシにとっては凄く頼りになる味方だ、今夜は彼女たちと作戦の進み具合を確認することになってるから、そこで不安要素はかなり減ると思う。皆、故郷を守りたい気持ちに変わりはないはず、この場所だけは何としてでも守らなきゃいけない。普段は油断ならなくて危なっかしい人間の巣窟そうくつみたいな感じだけど、こういう時には一気にまとまれる強い味方同士だって信じたいんだ。

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