第二章 大会【コンペ】

第4話 おいでやす埼玉

「はなちゃん‼ 一口ちょうだい‼ 」

 相手の返事を待つ間もなく、口元に運んでいたサンドイッチに継葉が噛り付く。


「止めなさい、みっともない」

 正面の席に座った一花が、それを止めに入る。


「おい~、ガキじゃないんだから電車で騒ぐなぁ~」

 一花の隣に座った三十代程の女性が、面倒そうにそう言うと、あくびを続けた。


「めいちゃん、寝てていいよ。学校のお仕事で、疲れてるんでしょ? 」

 そう言うと、その女性はといてないのか少し乱れた長い黒髪をボリボリと掻く。


「そうか、だがその前にツグハぁ‼ 先生に対してトモダチ言葉を使うな。カワイイあだ名を付けて呼ぶな。いいな? じゃあ、私は乗り換えの時まで寝る‼ 」


 そこまで言うと、冗談の様にその女性は鼾をかき始めた。


「顧問の谷寺名月たにてらめいげつ先生。こう見えて、元クライマーさんなんだよ。てか、うちの学校でクライミングの事を知ってる人なんてあたし達以外しか居ないと思ってたから、本当貴重な存在だよね~」


 先週、初めての谷寺と出逢った時の継葉の言葉を思い出しながら、残ったサンドイッチを齧ると華は窓の外を見た。色とりどりの花が咲き誇る風景。とても爽快だ。

 先週突然、継葉に埼玉の加須に行くと言われた時は何事かと思ったのと、修学旅行など以外では来道を出た事のなかった華にとって、これはある意味で冒険だった。


「あの‼ 今日って、どうして埼玉に行くんですか? 」

 会話が止まった居心地の悪さと、先日ただ行く。とだけ伝えられていたので何気なく尋ねた言葉だが、2人の動きが止まった。


「ちょっと、あたしトイレ」

「待ちなさい」

 一花はまるで、猫の様に継葉の首根っこを摑まえると、ずいっと席に戻した。


「華に説明してなかったの? 」

 その瞳、美しい迫力が灯っている。


「いや~、ほら、別に華ちゃんが出場する訳じゃないし~? 」

 その言葉を聞き、一花は額に手を当て首を横に振ると、横目で華を見た。


「華、あなたも何も説明されずについて来てたの? 」

 あわわ……と、口元を揺らすとこくん。とその頭を垂れた。


「だめよ、解らない事とか、知りたい事があったらきちんと訊いとかないと。ご両親にもご説明が通ってないって事になっちゃうわ。本当は先生に説明してもらいたいけど……この状態じゃ、難しいわね」

 横を見ると、谷寺は首の骨が折れそうなくらい頭を後方に仰け反っている。


「仕方ないわね。私がご両親に説明するから、電話を入れてもらっていい? 」

 本当に、1つしか年が違わないのだろうか? と思えるようなそのしっかりした態度と姿勢に、華は母を連想し、雛が親鳥を無条件で全ての信頼を与えるが如く彼女に心酔した。


 埼玉県加須市。

 駅から降りると、今度はバスに暫らく揺られ辿り着いた先は大きなドーム型の建物。


「お前らぁ……頼むから迷子になるなよぉ」

 気怠そうに後ろを向くと先々と谷寺は歩を進めていく。

 華は、精一杯小さな身体を動かし一花の後をついて行く。

 周囲の人だかりが増えてくると同時に、華は恐怖を覚えた。何故かそこに居る人の層が自分にとって身近な存在じゃないのだ。


「Hey! are you Tuguha? 」

 その存在がこちらに声を掛けて来た時、華の顔面からみるみる血の気が引いていった。

「オーライオーライ」

 だが、その自分達の4倍を優に超える体積の外国人男性ににこやかに応対したのは継葉だった。その男性から受け取った帽子にすらすらと何かを書くとそれを返す。


「アリガトゴザイマス」男性は真っ白な歯を見せるとまるで玩具をプレゼントされた少年の様に無邪気に駆けていった。すれば、一斉にその場にいた外国人達が華達の周囲になだれ込んでくるではないか。


「あばばばばばばばばばばーーー⁉ 」その予想もつかない出来事に身の危険を感じた華が小動物の様な悲鳴を挙げた。


「先生」

「うむ」その中、谷寺と一花が目を合わせると、継葉を囲む様に前と後ろにつく。華も一花に手を引かれ、一花の隣に付いた。

 そして、彼女の知識では何を言っているか解らなかったが、谷寺が近付いてくる外国人達に英語で何かを伝えている。


 結局ドーム状のその会場に到達するまで彼らは次々と人数を増やし、入り口に入る際には数十人が「Please Please Tuguha」と、こちらに何かを求めて叫んでいた。

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