第3節  思い出した。妹はね、固い骨が好きだったかな?

 3人は『あるふぁ』へと入り、色々と物色しながら店内を進んで行く。だが実際に物色するのは涼香と葵だけであり、龍崎は店舗の前に立ち陳列された品々を眺めているだけであるのだ。


 涼香と葵は、傍から見れば姉妹のように見えるかもしれない。アレがいい、これはどうかと言いながら商品を手に取りはしゃいでいた。

 一方、龍崎は暇つぶしに「なぜ女の買い物に時間をかけるのか」という問題について脳内で議論を進めてみたがどうやっても結論は出ないでいた。


 それから3人は何店舗か梯子をしてから、『おめが』という名の店に入った。

 龍崎がざっと店先を見てみたところ『おめが』という店は、いわゆる小物ショップであることがわかった。陳列された小物のどれもこれもが基本的にパステルカラーで出来た商品ばかりであり「なんとなくオシャレ?」という印象を与えているのだ。


 龍崎は涼香と葵から離れ、棚に陳列された商品を見るフリをしていた。こうしていれば涼香は葵に話を切り出しやすいだろうと考え、またその逆もしかりであろうと考えたからだ。兄貴が近くにいるから話しずらいという状況は避けたかった。


「お兄ちゃん、ちょっといい?」


 唐突に龍崎は話し掛けられ、ぱっと横を向くと葵が立っていた。それから目だけで周囲を確認すると、少しは離れたところで涼香が一人、商品を手にとっている姿を見た。葵は涼香の元から離れ、ここに来たのだろう。


「あっ‥‥‥はい。なんでしょう?」


 すると葵は眉をひそめ、涼香をチラリと見た。


「あのねお兄ちゃん、浮舟先輩なんだけど‥‥‥妹さんの好みをあまり知らないみたいなの。というか、どことなく話がぎこちないというか……どうしよっか?」


 思わず龍崎は半笑いを浮かべた。

(まあ、そうなるわな)

 今日のお出掛けの目的は「涼香の妹のプレゼント選びを葵に手伝ってもらう」である。

 が、本当の目的は「涼香に葵のわだかまりの正体を調べてもらう」というモノである。

 が、その為に涼香は今日一日、妹がいる姉を演じる必要があるのだ。しかし存在しない妹のことなど話せというは難しいものなのかもしれない。

 龍崎だって「存在しない兄貴を想像して、存在しない兄貴の好きなモノを、他人にその嘘がバレないように話せ」と言われれば、それは難しい話であろう。この場合、涼香がアホなのは関係ない。むしろ、実在しない妹の存在を、葵に信じ込ませているあたり、涼香はよくやっているのだ。

 龍崎はコホン、と咳払いをする。


「葵……浮舟は‥‥‥ああ見えて人見知りなんだ」

「え? でも初めてあったときはそんなことなかったような‥‥‥」

「突発性人見知り症候群なんだ。いろいろと在るんだよ、浮舟も。きっと過去に、なにかトラウマ的なものがあるんだきっと」


 すると葵は「はあ?」というような顔をして、訝し気な視線を涼香に送った。

 だが龍崎は「まあいい。ちょっと待ってろ」と葵に言い残し、涼香の元へと歩いて行く。

 龍崎は商品を手に取って吟味する涼香の横に立ち、声を潜めるようにして聞いた。


「おい浮舟……いけそうか?」


 すると商品を見ていた涼香は、顔をぱっと龍崎に向けてる。


「あら、ヒュドラ君。さすがに存在しない妹の嗜好なんかは言葉に詰まるわね。ああ、このままでは私、ヒュドラ君に処女を奪われてしまうわ。ああ、なんてことかしら。けれど約束して頂戴、優しくするのよ?」

「……あー、そうだな。どうするかなー」


 龍崎は軽く舌打ちをしてから、考え始める。

 浮舟涼香の演技力、もとい犬被りの能力はたいしたものであるのだ。現に葵は完全に浮舟涼香に妹がいると錯覚してしまっている。


 だがそれでもボロが出る。存在しない人間のことを聞かれて、例えば突発的に、想定すらしなかった質問などをされた場合はボロがでる。「あなたの妹さんの携帯電話の色は何色ですか? 」と聞かれても答えるのが難しいだろう。まあ実の姉妹でも携帯電話の色はさすがに知らないか。いや、だからこそリアリティを持たせるために、曖昧にぼかすのもアリなのか。なるほど。ちなみに葵の携帯電話の色は青色。ではなくて、今は浮舟だ。浮舟の妹。中学生。想像。犬被りの能力……そうだ。

 と、龍崎はそこまで考えてから涼香に顔を向ける。


「なあ浮舟。お前、妹みたいだったヤツとかいないか? 妹みたく可愛がってたつーか」


 すると涼香は「ん?」と声を出して、顎に手を当てた。


「……妹みたいだったヤツ? ああなるほど、そういうこと。イメージしろってことね」


 龍崎はそんな涼香の言葉に苦笑いを浮かべる。

(……どんな頭してんだ)

 涼香に対して、なんの説明もしていないのである。にもかかわらず、一を聞いて十を知ったような口ぶりであった。頭の造りが違うらしい。というよりも、超能力的ですらある。


「ああそうだ。例えば‥‥‥なんだ? 昔飼ってた猫とか、大切にしていた人形とか、それを思い浮かべたら、妹がいるみたいに話せないか? ちょっと苦しかもしれんが」

「たまにはヒュドラ君もいいこと言うのね。‥‥‥昔に犬を飼っていたから、その子は私にとっては妹みたいなものだったわ」


 と、涼香が言った瞬間、


「浮舟先輩。妹さんの好きなモノ思い出せましたか?」


 という声がして、龍崎が振り返るとそこには葵が立っていた。自分の顔が一瞬だけ強張ったのが分かった。会話の内容を聞かれたかと思ったのだ。しかし葵はニコニコと笑みを浮かべ涼香を見ているあたり、会話は聞こえていないのであろう。

 と、そこで涼香が「えっと……」と言いながら笑みを浮かべた。すでに犬をかぶっている。


「あ! うん! 思い出した。妹はね、固い骨が好きだったかな?」


 龍崎は首を傾げ、葵も首を傾げた。

(いったい、何を言っているのか――――固い骨?)


「へ、へぇ…‥‥そうなんですか。あ! アレですか? パンク系、みたいな?」

「パンク系? ‥‥‥髪型の事? だったら白くて長い髪だったね!」

「へ、へえ‥‥‥妹さん、変わってますね。あれ?中学生ですよね?」


 葵は困った表情を浮かべる。

 龍崎もまた、半笑いのまま頭を抱えかけた。

(ダメだ……こいつは……コイツはダメだ。まごうことなきポンコツだ)

 そもそも頼む相手を間違えたかもしれない。なぜこうも的確にアホなことをやってのけるのかまったく理解ができなかった。馬鹿と天才は一重というが、こうも馬鹿と天才の境界線を反復横跳びの如く移動できる人間は、そういない。だが、すでに遅い。ここまできたら貫いてもらうしかないと龍崎は考え、ひとまず葵の混乱を解くために行動する。


 龍崎は携帯電話を取り出し『髪 白色 女の子』というワードで検索。白髪の制服を着た女の子が映った写真を引っ張り、携帯電電話の画面を葵に向けて突き出した。


「見ろ。葵。これが浮舟の妹さんだ。髪が白い」


 すると葵は携帯電話の画面をジッと見て、それから龍崎の顔を見て、そして最後に涼香に顔を向けた。


「ああ、浮舟先輩の妹さんってコスプレイヤーなんですか。てか、なんでお兄ちゃん浮舟先輩の妹さんの写真持っての……」


 龍崎は、はてと首を傾げて携帯電話の画面を見る。そこには白髪で制服を着た女の子。太ももあたりに垂らした右手には拳銃が握られ、眼にカラコンが入っていた。

「私もそのキャラ私も知ってますよ。てか浮舟先輩、妹さんと全く似てな……いやPhotoshop使ってるなら……」

「ま、まあ。とにかく。もう少し探そうぜ葵」


 龍崎は葵の肩に手を置き、後ろからグイグイと押し、別の店に向かわせる。涼香に妹が実在するかしないかなど、今日隠し通せればそれでいい。本題は、それとなく受験関係の話を、涼香と葵にさせること。

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