第3節 帰りに洗剤買ってくれないかな?

 これが三日前のことである。


「いや無理じゃね?」


 龍崎りょうざきは絶望していた。今の今まで、あおいがどんな悩みを持っているのか、まったく見当を付けることができないでいるのだ。


 3日前、自宅に帰った龍崎は葵の帰宅を待ってから、開口一番に「悩み事あるなら相談しろよな」と口にしたかった。しかし、いざ葵を眼の前にすると気恥ずかしさに負けてしまい、結果としてなにも言えなかったのだ。


 茶碗を持ったままボーっとしている龍崎。味噌汁を啜っている葵。二人の間にあるテーブルには、それぞれに朝食が用意されている。

 と、葵が箸を止めた。いっこうに食事が進まない龍崎を不審に思ったのかもしれない。


「お兄ちゃん‥‥‥昨日もそうやってボーっとしてたけど。なにかあったの?悩み事?」


 龍崎は口を開け、焦り出す。先を越されてしまった。が、一先ず、手を付けていた朝食を再開した。ごはんに味噌汁、目玉焼きにベーコン、漬物におひたしであった。


「いや、これと言ってなにも」

「そっか。ならいいや」


 葵もそう言って食事を再開する。

 そんな葵を眺める龍崎は小さく息を吐いた。頭に浮かぶのは『カワイガリ』が湧いた一ノ瀬の姿である。

 脇腹を竹刀でえぐられる一ノ瀬いちのせ、渡り廊下から突き落とされる一ノ瀬、頭に竹刀を叩きこまれる一ノ瀬、血まみれの一ノ瀬。そしてそんな状態に一ノ瀬を追い込んだ湾曲した竹刀を持つ女。

(浮舟が悪い)


 だか、葵の『カワイガリ』が狩れなかった場合……と、龍崎はその先を考えないことにした。考えたくなど、なかった。だからこそ『カワイガリ』を弱体化させ、涼香の仕事を楽にさせる。そのため葵の悩みやわだかまりを聞く。浮舟は『カワイガリ』が湧くまで時間はあるとは言っていはいたが、そうおちおちもしていられない。


 龍崎はすっと息を吸い、葵を見る。覚悟を決めたのだ。


「なあ葵、お前なんかさい―――――」

「あ、お兄ちゃん。帰りに洗剤買って来てくれないかな?もう切れちゃって」


 葵は残っていた目玉焼き平らげ、食器を片付けにかかった。

(……難しいぞ浮舟。これ難しい)

 と、龍崎もそこで時計を見る。時間的に言えば、龍崎兄妹は自宅を出発して学校に向かわなければならない。


「わかった。帰りに買っておく」


 龍崎は急いで朝食を平らげにかかった。

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