第2話澄月

 淀みのない青。

優雅に流れるくすみのない白い雲。

どこまでも続く青い空に終わりがあるのだろうか。いや、ないような気がしてならない。この先に終わりなんてないんだろうと思ってしまう。

 鳥は優雅に空を舞い、果て無き空を旅し、そこで色々なものをその瞳に宿し一体何を思うのだろうか。

空を飛ぶというのは一体どういう気持ちなのだろうか。果てなく続く空のように心も果てしなく広がっていく感覚を覚えるのだろうか。それとも、飛ぶことが大変で余裕がなかったりするのだろうか。

風に揺られ、踊る木の葉の音。木の踊りにおはやしのように音を鳴らす虫の音。

それまで囲いの中に押し留められていた心がいっぺんに広がる感覚を覚え、五感を澄ます。

そして考えるのだ。

 常に、殺し殺されるセカイであっても、彼らはその誇りを忘れることなく、旅することをやめない。だから彼らは飛ぶことをやめない。その美しき羽を決して捨てはしない。

彼らは死を恐れないのだろうか。死に怯えるのは人間だけなのだろうか。

 今とは常に過去の産物だ。この一瞬は常に過去である。今が常に過去へとなるから時間が流れる。過去の産物となるこの世界で、感情とはなんのために芽生えたのだろうか。どうせ忘れ去られていくものを、何故、人間は得たのだろうか。

 このセカイは複雑に絡み合っている。けれど、今を生きることに必死だから、そんなことは常に頭の片隅にいるかいないかぐらいの小事となってしまう。しかし、愛おしい。ただただ愛おしい。こんな冷酷なセカイであっても、美しく広大な景色を見ると、どうしようもなく愛おしみを感じてしまう。

常にどこかで起こる小競り合いも、もはや恒例行事と化してしまった。なんと悲しいことだろうか。争いあうことをやめないのに、なぜ、人は二種族もいるのだろうか。なんのために、神は人を二種族もつくったのだろうか。一種族しかいなくたって、統一しきれないのに。

 小さい頃、いじめられていたことがあった。まあ、仕方ないと言ったら仕方ない。

 皆、自分が知らないものが怖い。俺自身怖い。だから、俺がいじめられたことも仕方ない。頭では理解していたが、やはり当時厳しいものがあった。

 そんな陰湿ないじめではなかった。ただ、馬鹿にされる程度であったが、まだ五つにも満たない子供には大変苦痛であった。帰っては毎晩、夜遅くまで布団に顔をうずめて、声を潜めて泣いたものだ。

 今では友達に恵まれ毎日のように森の中を走り回っている。昔のように泣くことはなく、毎日笑いの絶えない生活となった。その友達が、過去に自分をいじめていたやつだと知ったら、当時の俺はどう思うだろうか。

少し昔話をしよう。

 今から十五年前、ある赤子が天から伸びる一直線の光を背中に体に浴びながら生まれた。母は赤子を産んですぐに死んでしまったらしく、その赤子は母の顔を見たことは一度もなかった。かといって父親の顔も知らない。

 近くの人々が天から伸びる一直線の光に驚き駆けつけてみたところ、赤子が泣いていたそうだ。しかし、近くに親と見られる者がいなく、捨て子だと判断した人々はその赤子を自分の村へと持ち帰り、村の長に預けた。そして、その赤子は長のもとですくすくと育った。

 赤子は他の子と少し違かった。それは成長するにつれてはっきりと露になっていった。ムーンの人間は、肌色が悪いのだが、その子供は他の子と比べ大分血色が良く、瞳孔もみんなと比べると大分小さかった。ムーンの人間はサンより少し大きな耳を持つた目遠くの音まで聞こえるが、その子供の耳はサンの耳と同じぐらいであった。しかし、髪の毛はムーンの多くの人達と同じように金色で、目も薄かったし、屈強な体を持っていた。

 村の老人達は驚いた。今までにこんな不思議な子供を見たことがないと。過去に類を見ない、不思議な子供となった。大人達の驚きと少しの恐怖は、小さい子供に伝染した。

 小さい子供らは、異なる者への恐怖を本人にぶつけた。悪い鬼を倒しに勇敢に立ち向かった。そこにあるのは、ただの敵意だ。しかし、やられている本人は抵抗することなかったし、むしろ彼らに対し、誰かと一緒にいれることへの憧れすら抱いていた。

 そして、いじめられていた哀れな子供こそ、昔の俺である。

 俺を助けてくれた村は、ケンヤドシと言い、ムーンとサンの境目近くに暮らしていた。周りは森に囲まれていて、狩猟生活を生業とし、自然と共に生きていた。広大な森には多くの動植物が生息しているため、食べ物に困ることはなかった。が、国境近くということもあって、しょっちゅうサンとの小競り合いがあった。お互い殺しあうことはあれど、お互いの国を見たことはなかった。国境と言ったが、実は国境と国境の間に広い森があるのだ。

 名は体をあらわすという言葉があるが、ムーンの民族はまさにそうだった。、ケンヤドシという言葉がその民族としての体を表していた。

ケンヤドシには、ある言葉があった。

「剣魂宿 剣宿魂」

この言葉は小さい頃から何度も年長者から言われ、剣を扱う上で決して忘れてはならぬことだ。と、耳にたこが出来るくらい聞かされた。その言葉には、「剣には魂が宿っている。剣に魂が宿る。」という意味がある。

長老達の話では、剣には魂があり、自分の魂を剣の魂と共鳴させることによって、剣の力、及び自分の力を最大限に引き出すことがあるらしい。また、剣での無駄な殺生は、剣の魂を汚し、それに伴って自分の魂も汚す。だから、無闇に傷つけてはならないという意味もあるそうだ。

「ユエナリクよ、お主は剣の魂との共鳴を感じたことがあるか?」

いつだか、剣長に訪ねられたことがあった。剣長は、常に一人しかいず、剣長は、村で一番の剣の使い手であることの証明のようなものだ。

「共鳴?そんなことが本当に起こるの?」

確か剣の練習をしている時だったはずだ。木の根っこに腰掛て側で見ていた剣長の言葉に、俺は練習を中断し、剣長と向かい合った。

剣長は長く伸びた顎髭を自分の子供のかのように優しく触りながら、空を見上げる。その姿は、どこか寂しそうに感じた。

「そうか・・・・・・、まだ、感じたことがないのか。ああ、ある。共鳴は理屈じゃない、本能だ。ユエナリクは、大空をみて、開放された気持ちになったことはないか?」

「あるよ」

「あれは、実際に自分自身が感じるまで分からなかっただろう。あんなもんだ。いざ、体感すれば全ての意味を悟る」

「そうなんだ。俺もいつか、共鳴できるようになるかな?」

「ああ、できるさ。ユエナリクなら出来る。共鳴を起こすためには、ユエナリクの心を優しくするんだ」

俺は頷いた。

この時は、話半分にも理解していなかった。ただ、剣長の真剣なまなざしを見て、本当に共鳴というものがあるということだけは、強く理解した。

剣を手にし静かに目をつむると、判を押したように思い出される。あれから何年も経ち、剣の扱いも比べ物にならないくらい上手くなったが、未だに共鳴を感じたことはなかった。それは、まだ俺の剣術が極みに達していないことを意味する。

また、当時の剣長は亡くなってしまった。未だ、剣長になれる程の実力者はおらず、剣長の席は、30回の満月の月日を経ても空いたままだ。決して自慢ではないが、次の剣長は俺だろうと噂されている。が、確実なことはまだ分からない。

一度目を閉じ、ゆっくりとあける。立ち上がって、持っていた双剣をしまう。

風が強く吹く。

雲が流れていく。

崖の上から自分の村をもう一度見渡し、崖を降りた。


遠き遠き山の先

隔つ双の眼

降りる神はなく

飛翔する二鳥違わず

投げられし石は穿つ

逃げる兎の本能よ

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