ダンスは貴族の嗜みです
この学園には貴族マナーという科目がある。
挨拶から始まり、テーブルマナーや服装のマナー、ゲストとしてのマナーとホストとしてのマナー、そして最も重要なのがダンスマナー。
ダンスを踊れるのは当たり前。男性は女性への誘い方、女性は受け方や断り方、それはもうたかがダンスの為にある膨大なマナーを全て覚える。
正直、バカだと思う。
日本でただのOLだった「私」は社交界もダンスのマナーもひたすら意味の分からないものだ。そりゃあ、確かに。乙女ゲームをやってる時は憧れたけど……。
なんて考えながらダンスホールを見渡す。
この貴族マナーの授業では3人目の攻略対象キャラクターを探すために。
セシル・ウッドマン。
侯爵家長子の彼は肩甲骨あたりまで伸びた銀の髪をサイドテールにして前に流している。赤色の瞳が印象的な2つ上の18歳。軟派キャラである。
「クロエ・アッカーソンと言うのは君かな?」
「……はい。お初にお目に掛かります、セシル・ウッドマン様。私、クロエ・アッカーソンと申します」
「セシル・ウッドマン。今日は宜しくね、お嬢様」
「……こちらこそ宜しくお願い致します」
ダンスマナーは男女2人1組で行う。そしてヒロインのクロエは、攻略対象のセシルと組むことになり、初対面を果たす。
「お嬢様は子爵家だっけ?」
「はい」
「デビュタントのあと、社交界には?」
「母とともに度々。領地は小さな街ですし、爵位も子爵。頻繁にパーティーを出来る身分ではありませんでしたが」
「なるほど。どうりで見ない顔だと思ったよ」
貴族は大概にして社交界、いわゆるパーティー好きである。
盛期は4月~6月。この時期はみな王都にある屋敷で狂ったようにパーティーをする。8月あたりになると大体は領地へ戻るが、1部領地でも狂ったようにパーティーをしている貴族もいる。
我がアッカーソン家は盛期に2度ほどホストになり、2度ほどゲストになる。
その程度だ。
「じゃあ舞踏会の経験は」
「お恥ずかしながら、片手で足りる程度です」
社交界といっても舞踏会だけではない。
乗馬、賭け事、スポーツ大会、お茶会にオペラ鑑賞、晩餐会。内容は様々である。
「そっか。じゃあまず、誘いの受け方からかな」
「宜しくお願い致します」
* * *
「つっかれたー」
自室に戻り着替えもそこそこにベッドへとダイブする。
絶対に他人には見せられない。
(攻略してた時はセシル様の良さは全く分からなかったけど、さすがエスコートは完璧だった)
赤珊瑚のような深く明るい赤の瞳、高くてスッと通った鼻筋、薄い唇、しなやかだが男性らしい大きな手、光を浴びて輝く銀の髪。
そのすべてが格好良くて美しい。さすが乙女ゲームの攻略対象。
そんなセシルに「私と踊ってはくれませんか」なんて言われ手を差し出されたら、そりゃぁクラっと来るだろう。
たとえ軟派キャラだったとしても。
(うん。さすが人気No.2だっただけある)
え? 人気No.1は誰かって?
そんなのこの手の乙女ゲームの王道。
王子様に決まってるではないか。
まあ、まだ出てこないけど。
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