第43話 疾走するスライム

ララアの足にしがみついていたのはヤースミーンだった。


「ララア、お願いだからもう戦わないで。このまま戦かったらあなたは確実に死の世界に行ってしまう。あなたは折角ヤン君の再生魔法で生き返ったのだから私たちと一緒に生きることを選んで」


ヤースミーンの言葉に、ララアは動揺した。


ララアの心の中では、ヤンに再生されてからヤースミーンや貴史達と過ごした時の記憶が渦巻いていた。


過去を思いだすことがなければ、魔物の料理を提供するこじんまりとした酒場で働き、平穏な日々を過ごしていたはずだ。


ララアは自分が生きていたころから二百年ほど過ぎた時代に再生され、言葉すら通じない世界に放り出されていたのだ。


その世界でシマダタカシやヤースミーンは自分のことを家族のように大切にしてくれた。


ララアは自分の義務としてにヤースミーンを斬り捨てて、ゲルハルト王子の命を奪わなければと考えたが、どうしても剣を振り上げてヤースミーンに振り下ろすことが出来なかった。


貴史は、ヤースミーンの魔法で炎に包まれながらなおも戦いを挑んでくるアンデッドウオーリアーを、バラバラになるまで切り刻んでどうにか一息ついたが、ララアがレイナ姫を打ちのめしたのを見て息をのんだ。


ララアの前にゲルハルト王子が立ちふさがり、ヤースミーンがララアの足にしがみついたのを見て貴史は駆け出していた。


そのままにしておいたらヤースミーンが斬られてしまうと思ったからだ。


貴史はヤースミーンの上に覆いかぶさると、ララアにしがみついた。


「ララア、もう戦ってはダメだ剣を収めてくれ」


貴史は必死の思いで叫んでいた。自分の剣はララアに駆け寄るときに放り出しており丸腰だ。


ララアが剣を振るえば貴史はあっという間に絶命するに違いない。


貴史が覚悟して目を閉じた時、ララアの手から剣がゆっくりと滑り落ちていった。


ララアは自分の家族や友達を奪ったヒマリア民族への憎しみと、親しく暮らした貴史やヤースミーン達への思いに板挟みにされていた。


ゲルハルト王子がララアをなだめようと口を開きかけた時、ララアの心の軋轢が爆発した。


「わああああああああああああ」


ララアが叫ぶと城の大広間に居合わせたすべての人々がララアを中心にしてなぎ倒されていった。


そしてララアは古代ヒマリア語で一声叫んだ。


「〇§ΔΔ,*?@$#」


その声に呼応して現れたのは水色の影だった。それは眼にも止まらないスピードで滑走したが、ララアの足元でぴたりと止まる。


「スラチン、ララアと一緒にここまで来ていたのか」


スラチンとは貴史が仲間にしたスライムの名前だ。


貴史が声をかけると、スラチンは水色の体を揺らして答えたように見えたが、ララアがその体にまたがると同時に急加速して疾走し始めた。


城の奥にある大広間から城門まで、ヒマリア軍の兵士たちがアンデッドウオーリアーと戦いを繰り広げていたが、ララアがまたがったスラチンが疾走すると、その前にいた兵士はなぎ倒されていく。


ララアを乗せたスラチンは次第に速度を増しながら城門を抜け、南へと続く平原を駆け抜けていった。


ララアが通った後には、ヒマリア軍兵士たちが左右に投げ飛ばされて道が出来ていた。


「まるで魔法で道を作ったようじゃの」


ミッターマイヤーが茫然とした表情でつぶやき、ゲルハルト王子も遠くに目をやりながらうなずいている。


そしてララアが遠ざかると、城の中にあふれていたアンデッドウオーリアーはその姿を消した。


ゲルハルト王子は、城の石造りの床に倒れていたレイナ姫を助け起こすと、つぶやいた。


「お前も成人に達して髪をあげる時に父から聞くであろうが、あの娘の言葉は真実だ。我々ヒマリアの民は姑息な手口で先住民を滅ぼしてこの土地を支配した貧相な民族なのだ」


レイナ姫は納得がいかない表情で首を振りながら答える。


「それは、大司教様を安全な地に移すように法王庁から頼まれ、やむにやまれず行ったことではありませんか」


「それは、国の民たちを納得させるための公式見解というものだ。私たちの先祖は確信犯でこの土地の人々を滅ぼし、大司教様を本国から連れてきてかくまった。私はいずれ私たちの民族の罪というものを清算しなければならないと感じていたのだ。」


ゲルハルト王子はララアが去っていった南の空を眺めていたが、親衛隊の兵士の一人が言う。


「殿下、あの娘は南の方向に逃亡しました。討伐部隊を組織して後を追わせましょうか」


ゲルハルト王子は眼をむいてその兵士をにらみつけた。


「馬鹿者、私にさらに恥をかかすつもりか。討伐などするつもりはない。あの娘がもしも我々の元に戻ってくれるなら賓客として丁重に扱うのだ。よいな。」


兵士は恐縮した様子でゲルハルト王子の前から下がる。


ララアに弾き飛ばされたヤースミーンと貴史は立ち上がってから互いに埃を払いあった。


「シマダタカシ、ララアは行ってしまいましたが、あなたは私をかばってくれたのですね」


ヤースミーンは貴史の傍らに立つとそっと貴史の手を握る。


貴史はヤースミーンの手の柔らかい感触を感じながら、自分が生き延びたことを実感していた。

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