第25話 クリストの戦い
仮面の戦士はぐったりとしたララアの体を床に放り出した。
そして枷をはめられたレイナ姫たちと、その周囲を取り囲む貴史たちを一瞥すると剣を抜いた。
「泥人形で私の兵士を殺戮する小娘がいるかと思えば、今度はヒマリアの姫を取り戻そうとするネズミが現れる。今日はどうやら私にとって厄日のようですね」
貴史は戦士のかぶる黄金色の仮面に見覚えがあった。以前どこで会ったのか記憶を探すうちに、ギルガメッシュに宿泊した客が同じマスクをしていたことを思い出す。
「あなたはハヌマーンさんですね。こうして攻めてくる前に一人で敵中に偵察に来ていたわけですか」
貴史が尋ねると、相手も貴史とヤースミーンを覚えていたらしく少しずつ間合いを詰めながら落ち着いた声で貴史に答えた。
「いかにも私の名はハヌマーンだ。誰かと思えばヒマリアの宿屋のウエイターとボーイさんではないか。王族の救出に民間のボーイが出てくるようではヒマリア軍も余程人手が足りぬと見える」
貴史は油断なく剣を構えるが、魔封じの術のせいでヤースミーンに攻撃支援魔法をかけてもらうことはできない。大ぶりな剣はズシリと重いが、自分の筋力で剣を振るうしかなかった。
間合いを詰めたハヌマーンは鋭い斬撃を繰り出した。
ハヌマーンが振り下ろした剣をどうにか受け止めた貴史はさらに2度3度と剣を合わせて少し自信を持った。
攻撃支援魔法がなくてもやれるかもしれないと貴史は剣を振りかぶって渾身の斬撃を加えたが、ハヌマーンは一歩退いて貴史の剣を交わす。
貴史が慌てて剣を上げて構えなおした瞬間、ハヌマーンは間合いを詰めてすばやく剣を横に薙いだ。
貴史は自分の足もとに何かが投げ出されたように思ったが、それが腹を着られた自分の内臓だと気づいて凝固する。少し遅れて猛烈な痛みが襲ってきたため、貴史は前のめりに倒れて動けなくなった。
その時、地下室を閃光が包んだ。そしてレーザービームのような火線がハヌマーンに向かって伸び、ハヌマーンは炎に包まれていた。
「シマダタカシ!」
ヤースミーンはよろめきながら貴史に駆け寄った。ヤースミーンが魔封じの術を解除して、残ったわずかな魔力でハヌマーンに反撃したのだ。
ヤースミーンは貴史の襟をつかんで仰向けにして引っ張り始めた。貴史は飛び出した内臓と一緒に血の帯を残して引きずられていく。
その横で、クリストはララアを抱えてミッターマイヤーが描いた魔法陣の中に運んでそっと床におろした。
そして、剣を抜いて炎を上げるハヌマーンの前に戻った。
ハヌマーンは炎に包まれてもがいていたが、何かの呪文を唱えたらしく青白い光に覆われると同時に炎は消えた。
ヤースミーンは貴史をミッターマイヤーの魔方陣の中に引き込むと貴史の頭を抱えたまま、叫んだ。
「クリストさん戻って、もうすぐミッターマイヤーさんが呪文を唱え終わる」
しかし、クリストは既にハヌマーンと激しく剣を交えていた。
二人は互いが繰り出す剣を巧みな剣さばきで受け止め、近い間合いで立ち廻りながら相手の隙を探る。
剣の達人同士の戦いは舞うような動きでいつ果てるともわからず続いている。
やがて、クリストの動きが均衡を破った。クリストはハヌマーンの足を踏んで動きを止め、一気に仕留めようとしたのだ。
しかし、その動きはハヌマーンに読まれていた。
ハヌマーンは身をひねってクリストの刺突を交わすと、逆に自分の剣でクリストの腹から背中まで貫いていた。
「クリストさん」
ヤースミーンの悲鳴が地下室に響いた。
「一日に2回同じ技を使われると返しがうまくなるものですね」
ハヌマーンはニヤリと笑ってクリストに刺さった剣を抜こうとしたが、クリストは自分の体に刺さった剣がさらに深く刺さるのも構わず一歩前に出てハヌマーンにつかみかかっていた。
そしてクリストはヤースミーンに振り返ると絞り出すような声で叫んだ。
「私にかまわず跳べ」
ハヌマーンはクリストを振り払おうとして、クリストの短剣が自分のわき腹に突き立てられていることに気が付いて唖然とした様子だ。
「いつまでも邪魔をするな」
ハヌマーンは念動力を使ってクリストを突き飛ばすと、クリストの体から抜いた剣を二旋、三旋した。
クリストは形をその場に崩れ落ちていった。
ハヌマーンがよろめきながら、虜囚たちを振り向いたが、ミッターマイヤーの魔方陣の内側にいた人々はかき消すように消え、人々がいた空間に流れ込んだ空気がぶつかり合う音が雷鳴のように響いた。
ハヌマーンのマントはヤースミーンの魔法攻撃の火炎で焼け落ち、皮膚はボロボロに焦げている。
ハヌマーンは脇腹に刺さった短剣を引き抜くと、床の上に放り出した。
「忌々しい連中だ。私の戦略を台無しにしおって」
その時、地下室に通じる階段をハヌマーンの腹心の兵士が駆け下りて来た。
「ハヌマーン様、ヒマリアの残党が結集して攻撃を仕掛けてきました。」
兵士は報告の途中でハヌマーンの様子に気付いて立ちすくんだ。
「ハヌマーン様どうなされたのですかその姿は」
ハヌマーンは血まみれの剣を拭きながらゆっくりと答えた。
「捕虜を取り返そうとしてネズミが入り込んでいたのだ。先ほどの攻撃でどれだけの損害を受けたかわかるか?」
「3割が連絡が取れません。負傷者も踏むメルト部隊の半数を超えます」
ハヌマーンは嘆息して兵士に告げた。
「兵士の生き残りを集めて司令部に集結させろ。攻めてきた残党は丘の斜面を防衛ラインにして追い返すのだ」
「わかりました。治癒能力を持つものを来させますのでお待ちを」
兵士は来た時よりもさらに急いだ足取りで地下室を飛び出していった。
「今回は兵を引いて立て直す以外選択枝が無いようだな。この借りは高くつくことを思い知らせてやりましょう」
ハヌマーンはクリストの死体を見下ろしながら独り言をつぶやくと、ゆっくりと剣を鞘に納めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます