第16話 お鍋の材料コンプリート

貴史が人型ニンジンをどう処理するか考えあぐねていると、横で見ていたララアは背負っていたリュックサックを降ろして中の荷物を探し始めた。



「ララア、何をするつもりだ?」



「シマダタカシ、頭と道具はきちんと使わないと好機を逃すことになりますよ」



貴史は言葉に詰まった。最近のララアはヤースミーンの影響を受けて貴史に対して生意気な口をきき始めている。



ララアはリュックサックからワイヤーの束を取り出すと、ワイヤーの端に木切れを縛り付けて人型ニンジンの真上にあるオークの大枝にひょいと木切れを投げてワイヤーを枝に引っ掛けた。



そしてぶら下がった木切れを掴んでワイヤーを引っ張ると、ヤースミーンが束ねた葉っぱの束の付け根のあたりをワイヤーで縛り始めた。



「そうか、枝を使ってワイヤーで真上に引っ張っ抜くつもりなんですね」



ヤースミーンが感心した表情でララアに問いかけるとララアは得意げに微笑む。



三人がしっかりと耳栓を嵌めて貴史が剣を抜いて振り上げたところで、ヤースミーンとララアがワイヤーを引っ張って人型ニンジンを引っこ抜こうとしたが、人型ニンジンの株はびくとも動かない。



「やはりこの大きさの株を引き抜くには2人では無理だね」



貴史は自分が引き抜く役になってララアに人型ニンジンの首をはねてもらおうかと考えを巡らせていたが、その間にララアはリュックサックから取り出したロープを使ってスラチンを縛り上げていた。



「ララアちゃんスラチンをそんなに縛ったらかわいそうじゃないの」



ヤースミーンは見かねたように声をかけるが、ララアはその手を止めない。



ララアのロープはスラチンの頭の上で六角形を描きその頂点から延びたロープがバランスよくスラチンの体を緊縛している。



「もしかして、スラチンに引っ張ってもらうつもりなのか?」



貴史の質問に、ララアは無言でうなずく。



「そうか、ワイヤーでは細すぎてスラチンの体がちぎれてしまうから、ロープを使ってうまく力が分散するように縛ったのですね」



ララアはロープの端に作った輪にシャックルを使ってワイヤーを連結すると、うなずいて見せる。



ロープで緊縛された状態のスラチンは、落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見まわしていた。



三人が再び耳栓をし、貴史が剣を構えると、ララアはいつもスライムライダーごっこをするときの魔法をスラチンにかける。



スラチンがワイヤーを引っ張るのに合わせて、貴史も剣を振るおうとしたのだが、スラチンがフルパワーで引っ張るのと同時に、人型ニンジンは貴史の視界から消えていた。



スラチンが引っ張る力があまりにも強かったので人型ニンジンは一気に引き抜かれ、枝を超えて宙を飛んだ。



「大変だ」



貴史は剣を振りあげたままの姿勢で慌てて振り返った。



人型ニンジンは引き抜かれると同時にそれを聞けば死ぬと言われる絶叫をあげ続けているようだ。しかし耳栓のせいで貴史には何も聞こえない。



耳栓をしていないスラチンは人型ニンジンの絶叫に驚いて、ララアの魔法がかかったままの状態で全速力で走り始めていた。



ヤースミーンとララアが口々に何か叫んでいるが、何を言っているかわからない。



スラチンは絶叫を上げる人型ニンジンを引っ張ったまま、森の中を縦横無尽に走り回る。



貴史はヤースミーンと相談しようと思って耳栓を外したが、遥か彼方から響いてくる人型ニンジンの絶叫が微かに聞こえてしまい悪寒と気分の悪さに襲われて、すぐに耳栓を元に戻した。



「どうしよう。森に人がいたら大変なことになってしまう」



貴史は気をもむが、魔法をかけられたスラチンは飛ぶように疾走していて手が付けられない。



その時、貴史の目にララアが笛を吹いている姿が映った。



ララアはホイッスルみたいな笛を体を丸めて力いっぱい吹いている。



笛の音が聞こえたらしく森の木々の間を見え隠れしていたスラチンが方向を変えてこちらに向かってくるのが見えた。



スラチンがララアの笛に反応しているとすればまっすぐこちらに来る。その時に人型ニンジンの首をはねるしかない。



貴史はララアとスラチンを結ぶ線上に移動すると剣を振り上げてタイミングを計った。



このチャンスを逃すわけにはいかない。スラチンが電光のように足元を駆け抜ける瞬間、貴史は力いっぱい剣を振り降ろした。



貴史の狙い通り剣は人型ニンジンの首の部分を切断し、胴体部分が勢いで飛び跳ねて転がっていった。



スラチンは人型人形の絶叫が止んだので、ララアの前で急停止した。



ララアが満面に笑みを浮かべてスラチンの頭をポンポンと叩き、スラチンは心なしかほっとした様子だ。



その横には今もスラチンとワイヤーでつながれたままの人型ニンジンの束ねた葉と、今は静かになった首の部分が転がっていた。



貴史が恐る恐る耳栓を外すと、森は静寂を取りもどしていた。



貴史と同じようにゆっくりと耳栓を外したヤースミーンが貴史に話しかけた。



「一撃で仕留めてくれてよかったです。私はスラチンが人型ニンジンを引っ張ったまま城に駆け戻って、皆が死んでしまうのではないかと思って心臓が止まりそうでした」



「その可能性もあったんだな。森の中に遅れて逃げてきた避難民がいなかっただろうか」



貴史とヤースミーンはスラチンが駆け巡った森の見たが、森は静寂に包まれていた。



「とりあえずこれを持って帰ろう」



貴史は人型ニンジンの胴体部分を拾い上げると、どうにか担ぎ上げた。優に人一人分の重さはありそうだ。



「そうですね。森の中を調べるのは明日にして、早くタリーさんに料理してもらいましょう」



ヤースミーンは、気を取り直した様子で人型ニンジンの頭の部分からワイヤーを外すと葉っぱの部分を持ってぶら下げて歩き始めた。

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