第8話 ダンジョンに眠るお宝

「ヒマリア軍傭兵部隊の百人隊長だったのに調理の仕事を手伝いたいとは、あなたも変わった御仁だな。」



タリーは南方のパロの港で陸揚げされた火酒をクリストのグラスに注いだ。



もう夜も遅く、ギルガメッシュの宿泊客は寝静まっており、貴史やヤースミーンも屋根裏にある自分たちの居住スペースに引き上げていた。




タリーは、静かに話せる時間帯を見計らって、クリストを自分の居室に呼んだのだ。




「私は南部戦役で功績をあげてヒマリア軍の士官となったが、所詮は異民族の傭兵だ。エレファントキングのダンジョンで一度は命を落としたのにヤンに復活させてもらったのをいい機会として傭兵稼業から足を洗おうと思ったのだよ。」



クリストは火酒のグラスををあおりながら、他意のなさそうな笑顔を浮かべる。



タリーは貴史と同じように異世界から転移してきた身の上だ。異民族としてヒマリアで暮らすクリストに共感する部分は多い。



その上、タリーとクリストは年齢的に近いこともあって、話が合いそうに感じていた。



「試すようなことをして悪かったが、私が出した課題を料理するところを見たら、腕は確かなようだ。明日から厨房に入って手伝ってほしい。」



「本当ですか。」



「ああ、今までにもエルフのボーノさんに手伝ってもらっていたがエルフの体力ではパワー不足な場面もあった。あんたなら、魔物を生きたまま真っ二つにしてしまいそうだからな。」



「真っ二つは大げさだがよろしく。」



クリストは照れくさそうに笑い、タリーのグラスに火酒を注ぎ返した。



「ところで、先だってのダンジョンの戦いでヒマリア軍は大量の食糧を落盤事故で失ったと聞いたが、あんたは詳しい話を知らないか?。」



クリストは表情を硬くした。



「食料を管理をしていたのは私の部隊だ。貯蔵中に風雨でダメになったり、魔物に食べられたりしないようにとダンジョンの地下1階に運び込んダ矢先に落盤事故が起き、私の部下10人以上と一緒に地下に埋まってしまった。」


タリーは気まずい雰囲気に気づいて話を続けるかどうか迷った。



「落盤の直後、示し合わせたように地下2階で大量のアンデッドコボルドが床の穴から現れて襲い掛かってきたため、私の部隊は不意を突かれてあえなく全滅した。それゆえ地下1階で落盤に遭遇した私の部下も食料もそのまま埋まっているはずだ。」



クリストは、目に見えて表情が暗くなってしまった。



タリーは申し訳なさそうに話をつづけた。



「その時の食料の梱包だが、ヒマリア軍が遠征するときによく使う小麦粉や茹で肉を金属の缶に詰めたパッケージだったのだろうか。」




「そのとおりだ。小麦粉やお茶に至るまで缶詰にして耐候性が強い荷姿にしてあったよ。」




クリストの言葉を聞いて、タリーは遠慮がちに切り出した。




「もしよかったら、あんたの部隊が地下1階のどのあたりに食料を貯蔵していたか教えてもらえないだろうか。」




「それはいいが、そんなことを聞いて一体何をするつもりだ?。」



タリーはクリストに問い返されて、仕方なく説明を始めた。



「知っての通りこの宿はヒマリアの王都イアトぺスから、遠く離れた辺境に位置している。もともとはこの辺りの平野は肥沃な穀倉地帯だったらしいが、南から魔物が入り込んでくるにつれて、土地を耕す人々が逃げ去り、今では原野にもどっている。」



クリストはタリーの話の行き先がわからないままにうなずいた。



「それゆえ、この宿で使う小麦も酒もバカ高い輸送費を費やして都から運んでくるしかない。もし、あんたが管理していた食料が言った通りのに姿に梱包されていたとすると、落盤から数か月がたった今でも十分使える状態にあるはずだ。発掘の労力が必要だが、正確な位置さえわかれば都から運んでくるよりもずっと安上がりに食料を確保できるわけだ。」



クリストはしばらく考えている様子だったが、無言で席を立つとタリーの部屋を出て行った。




タリーは話の持ちかけ方が悪かったのかと少し後悔した。仮にも彼の部下も埋まっている場所を安上がりに食料を入手するために掘り返すと言ったことで気を悪くしたのではないかと思ったのだ。



しかし、5分も経たないうちにクリストは戻ってきた。その手には紙切れが握られている。



「タリー、これはダンジョンの地下一階の見取り図で食料を貯蔵した場所を大まかに示してある。これを使ってくれ。」



「いいのか?クリスト。」



「ああ、ただし頼みがある。この地図はいつか私の部下を発掘してヤン君に蘇生の呪文をかけてもらおうと思って作ったものだ。ダンジョンを掘り進んでいてヒマリア軍の兵士が出てきたら彼に蘇生を頼んでくれないか。ヤン君への謝礼は私が支払うつもりだ。」



タリーは義理堅いクリストにちょっと感動した。戦乱が続くこの国では兵士の命は安いものと相場が決まっている。



事故で死んだかつての部下をいつまでも心にとめているクリストは善人に他ならない。




「ありがとう。兵士のことは気に留めておくよ。」



タリーはクリストに礼を言いながら、彼が持ってきた見取り図に目を凝らした。



一見、地味な話だがうまく事が運べば、それはギルガメッシュの業績をさらに押し上げる一大プロジェクトになるはずだった。

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