最終日 大人になったら


 今日が祖母の家にいる最終日だ。昨日衝撃的なニュースに心踊ったけれど、彼女は今日はめちゃくちゃ検査をしているはずなので会いに行くことも出来ない。母に駄々をこねた結果、なんとか夏休み中にもう一度来れることになった。それは素直に嬉しいけれど…今すぐ行きたいのが本音。

 そんな僕の感情に反対の声を上げるみたいに、いつもに増して蝉は喧しく、近所の犬は遠吠えする。



 ―─行くな、まだ早いと。



 彼女を見たい、彼女の声を聴きたい、彼女に触れたい……そう願うのは不謹慎なのだろうか? 好きな人に会いたいと願うのは非常識なのだろうか? 触れるだけでは収まらない……もっと、深く、彼女を感じたい。


 ―─目を覚ましたばかりの彼女に対しても欲深い事を考える自分に少し戦慄するけれど。




 そんなことを考えていたら、気づいたら病院近くの昔二人で遊んだ公園まで来てしまっていた。公園の遊具やベンチは茜色に染まっている。各所にある防災用のスピーカーから「そろそろおうちに帰りましょう」の曲が流れてきたりして。ド田舎(笑)



「――我ながら、これはヤバイなぁ……、無意識で来ちゃったよ」




 二人で遊んだ公園、ブランコでしたあの。つい家に向かって走っていく小さい子供たちに、幼い頃の僕たちを重ねてしまうんだ。



「はるかー」


「なに? みあちゃん」


「おおきくなったらわたしをはるかのおよめさんにしてね」


「じゃあおとなになったらけっこんしよう!」



 幼い頃の約束だけれど、僕たちは忘れてなんかいない、忘れるもんか。いつか果たす、その意志は揺らぎない確固たるもの。



「美亜……」


「なーに?」



 ?!


 後ろから聞こえてきたのは本来今聞こえてはならないハズの、風鈴のような彼女の声。



「な……、なんで」


「検査全部終わったけど、異常無しだってさ! だから、抜け出してきちゃった!」


「いや、抜け出しちゃダメだろ……」


「だって……この前約束果たしてくれるって、言ったでしょう?」



 凛とした彼女に反して僕はまだ覚悟すら出来ていない。その証拠に彼女の方すらまだ見れていないんだ。

 さぁ、覚悟を決めろよ僕、もう18だ、幼くないだろう? 覚悟を決める時なんだよ。



「はー……よしっ」



 振り返ると、中2の頃とは打って変わって、華奢になってしまった美亜がそこにいた。肌も透き通ってしまいそうなほどに白い。数年前まで毎日真っ黒だったのに。腕も足も細くなった。僕が、守らなくちゃいけないんだな、と感じる。守るべき存在がすぐそこに。





「美亜、すくなくとも成人するまで僕は自信もないから無理だけど、いつか結婚して。その前にまず僕と付き合ってください!」



 やっと言えた、けど万一断られたりしたらどうしよう。ノープランのままだからなぁ。美亜の方に手を差し出したまま動けない、目も開けられない。ああああ、早く返事を!!


 返事よりも先に、小刻みに震える僕の手は彼女の小さな手に包まれた。うひゃあああ、返事は?



「喜んで!……でも成人までなんて待てないよ――あと3年もあるんだよ?」


「……就職もしてないのに結婚する勇気は流石にないぞ?!」



 まさかの反応に僕は腰が抜けそうになる。待てないって……待てないって、僕もだよ! でも今すぐ結婚するのは現実的じゃ無いだろう? もっとよく考えないといけないものだと思うから、彼女の人生の選択肢を狭めてしまうものだから。



「それに、まずは中2の美亜は高3の僕に追い付かないとじゃない?」


「ああああ、それもあったかー」



 見るからに落胆する彼女の姿が愛しくて。今すぐ触れたい、彼女に触れたい。



「美亜」


「そんな真剣な顔して、どうしたの?」


「……キスしていい?」



 普段の男勝りな彼女はもうどこにもいない。そこにいるのは頬を赤く染めた一人の少女だった。



「……その反応は肯定と受け取っても?」


「ず、ずっと入院してたし……臭いかもしれないし……」


「そんなの分かってるし」



 あぁ焦れったい、早く彼女の味を知りたい。僕はの出来ない犬より知能指数が下がってるんだ、そんな、世間体だとかそんなものに気遣ってる余裕は無い!



「分かってるならやめてよ、ちょっ、んむっっ……」



 僕は少し強引に唇を重ねる。透明だった彼女とのはじめてのキスは、夏に飲む、甘く爽やかで透明な微炭酸の味がした。どこか懐かしくて、でも味わったことの無いような。



「……ダメって言ったのに!!」


「だって、10年くらい積もりに積もった想いを伝えられたんだし、しょうがない。僕だって好きな人に触れたいって感情はあるよ?」



 二人で笑った。いつまでもこの時間が続けば良いのに、と思う。



「美亜!! どこ行ってたんだ! ……って、悠のとこ行こうとしてたのか、このバカップルが」



 病院の方から汗だくで走ってきたのは叔父さんだった。何事ですか、てか良いところだったのに……(笑)



「バカップルて、叔父さん……褒めてる?」


「褒めてねぇよ、つか目覚ましたばっかなんだから彼女もっと大事にしてやれ」


「それはごめん」



 素直に、ごめん。反省してます。煩悩に負けました(笑)



「美亜はこの後もう一個検査だって。だから早めに戻れ」


「えー、まだ検査あるの……」


「これでも異様な速さで終わってるんだからな?! それで、悠はそろそろあっちに帰る準備しろってお前の母さん怒ってたから早く帰れよ」


「えー……それはダルい……」



 怒った母はマジ鬼で面倒だし、今は美亜のとこにいたいし…ねぇ?



「そんな露骨に嫌そうな顔すんなよ、また戻って来るんだろ?」


「そりゃあ大事な彼女いますし?」



 美亜がわざとらしく顔に手をあててクネクネしながら言う、



「わー、愛されてるぅ」


「ホントこのバカップル、イラつくわ……。そしたら、美亜を病室まで送り届けたらばーちゃんの家まで送ってやるから早く二人とも一回病院行くぞ」


「「はぁい」」






 僕の夏休みはあとちょっとで終わる。














 病室につくと、看護師さんが鬼の形相で待ち構えていた。腕組んで仁王立ち。後ろから火出てたりしないよな……?



「美ー亜ーちゃーん?あれだけ抜け出さないでねって言ったのに……」


「ごめんってー、そんな怒ってると、美人さんなのに勿体ないよ?」


「誰のせいで怒ってると!! ……まぁ美亜ちゃんに言ったところで無駄か」



 おいおい、看護師さんにも諦められてるじゃんかよ。相当だぞ。



「じゃあ、そいつよろしくお願いします。俺はこいつ送り届けてくるんで」


「連れてきてくれてありがとうございます……了解です!次は逃がさないからね?」



 少し照れながら話す叔父さんにむかって、可愛くぴょこっと敬礼をする看護師さん……お、これは? もしかしてもしかして?


 うぉっと、叔父さん、急に腕引っ張んないでよ、腕抜けちゃうでしょうが! え、もう帰るの? 早いなぁ……。



「じゃあな、美亜。また今度来れることになったから。連絡先は叔父さんからでも聞いて」


「え、また来てくれるの?! やった、それなら頑張れるよ。ありがとね、また今度、じゃあね!」







 僕たちは病室を出て、かあさんの待つ祖母の家に帰ることに。



「叔父さん、あの看護師さんといい感じだろ?」


「……ノーコメント」


「無言の肯定ってことで」



 叔父さんの車の中で終始こんなことを話していた。外のカラスも絶対僕に味方して叔父さんをからかってる、そう信じてる。



「それはそうとお前、あそこでキスなんてしてると病院の方から丸見えだからな?」


「……マジで? じゃあ今度から叔父さんとさっきの看護師さんの前でだけにするわ」


「ホントやめてくれ……」



 叔父さんが苦笑いするのにつられて僕も笑う。よし、あの公園でキスするのは叔父さんと看護師さんの勤務日にしよう(笑)







 家の前ではははと祖母が並んで待っていた。



「ただいまー」


「このバカ、皆に迷惑かけて……さっさと帰る準備しなさいね?」



 はーい、分かってまーす。



「おかえり」


「ばーちゃんただいま」



 祖母はニコニコして黙って僕の顔を見ている。



「……ばーちゃん、僕の顔になんかついてる?」


「……よかったねぇ」



 ──僕はばーちゃんが怖い、なんでもお見通しなんだろう。マジで、透視能力とか持ってんじゃないかな?


 不思議なことが沢山ある沢の近くのこの家にいられるのも今日まで。さぁ、早く戻ってきて美亜に会うためにも、とりあえず帰る準備をするか!



「悠ー、早くしなさい!!」


「ごめんって! 今行く」













 僕の夏休みはあと数時間。










 ──透明だった彼女と僕の、淡く甘く透き通った不思議な7日間の恋物語──

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