二幕:覚醒 5


 崩れ落ちる鋼鉄の異形を見下ろして。エネミーが動かなくなったのを確認すると同時――張りつめていた糸が切れたように、トーリはその場にがっくりと膝をつく。


「大丈夫かい、トーリ」


 トーリに抱えられていたアゼレアが自らの足で立ちながらそう尋ねてくる。正直な話、口すら動かしたくない気分だった。それくらい全身が疲労感に包まれていたからだ。


「……まあ、どうにかね。全身くまなく痛いし、疲れてもいるけど……それを除けば大丈夫だよ」


 だけど、心配そうに見下ろしている少女を安心させるように軽口で応じてみせる。もっとも、誤魔化しているのはバレバレらしく、アゼレアは呆れ顔で溜め息を吐いた。


「嘘がつけないね、君は」

「……よく言われるよ」


 視線を逸らし、短く答えたところで限界だった。

 視界が霞み、意識が混濁するのを感じながら、トーリはそのまま前のめりに倒れ伏す。


「ト、トーリ!」


 意識を手放す寸前――アゼレアの素っ頓狂な声音が何故だか可笑しく思えて、口の端をわずかに吊り上げ、同瞬、トーリは意識を手放して――。

 ――――――――――。

 ――――――。

 ―――。















[――接続失敗エラー電脳接続ログインに失敗しました]


[繰り返します。電脳接続に失敗しました]

[繰り返します。電脳接続に失敗しました]

[繰り返します。電脳接続に失敗しました]




「――――――…………は?」


 意識が、覚醒する。

《電脳視界》に表示されるエラー通知を見据えて、トーリは痴呆のようにあんぐりと口を開けたまま、そんな間抜けな声を発した。

 そのままどれほどの時間、そうしていただろうか。たっぷり数分は要しただろう。そう他人事のように考えながら、体を起こし、周囲を見る。

 見慣れた、本当に見慣れた自室だった。

 そこはいつもの生活空間。文字通りのパーソナルスペースで、天井にはLED式ライトが光っており、窓の外には鋼鉄と蒸気の都市もなければ、排煙の曇天ではなく、幼馴染が忌み嫌うレイヤーフィールドの空と見慣れた京都の一角、住宅街の街並みが広がっている。

 すでに日が暮れたのか、外はとっくに暗くなっていた。《電脳視界》の表示時間を見れば、何と時刻は二十一時を過ぎていた。

 


「――えーと……夢?」



 漸く口にしたのは、そんな科白。実際、そう結論付けるのが一番正しいだろう。というより、トーリはそう思い込もうと思った。

 鋼鉄と蒸気機関で動く都市、ノスタルギア。

 遺伝子実験の失敗で生きる人間が異形とかした世界。

 そして何処からともなくやって来ては人々を蹂躙する鋼鉄の怪物。

 何よりあの不思議な雰囲気を纏っていた黒衣の少女、アゼレア・バルティ。

 そのすべてが夢なのだとすれば、いやはや何と現実感リアリティのある夢だったことだろうか。最近流行りの体感映像ムーブムービーも吃驚だ。

 だけど――


「もし……夢じゃなかったとしたら」


 それこそ、あれはなんだったのだろうか?

 なんてことを考えていた時である。

 電子音と共に、《電脳視界》がメッセージの着信を知らせる。「誰だよ、こんな時に……」と小さく愚痴りながらメッセージを開いた瞬間、トーリははたと我に返った。


――――――――――――――――――――――――――――――


 おいこらトーリ! 今何処にいるのさ!

 いい加減返事のひとつくらいしろー!


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 送信者は言うまでもない。七種響エコーだ。

 そう言えば、今日の二十一時に合流するって約束をしていたのだ。すっかり忘れていた。よく見ると着信メッセージはこれ一つではなく、二十通以上のメッセージが届いている。


「やっべ!」


 慌ててメッセージを返し、透莉は電脳都市に接続しようとして、ふと気づく。

 《電脳視界》の片隅に表示されるアイコン。それはプログラムのインストールの完了を報せるものだった。

(……なんかプログラム入れたっけ?)

 首を傾げながら確認するべく、《電脳義体》の情報をチェックし――そして息を呑んだ。

 インストールされていたのは、一つのプログラムだった。勿論、透莉はそんなものをインストールした覚えはなく、普段だったら即座に消去したことだろう。

 だが、今回は違った。

 そこに表示されているプログラムの名称。

 それが、透莉に消去操作それをさせなかったのである。

 インストールされているプログラムのその名前は、透莉に聞き覚えがあるものだった。



[《電脳義体》トーリに、以下のプログラムがインストールされました]

[――プログラム《破戒ノ王手》 は 正常にインストールされました]


 そこに表示されているメッセージを読み上げ、吟味し、言葉の意味を一文字一文字しっかりと咀嚼して、たっぷり数分かけて理解した。

 そして、


「――――…………マジかよ」


 漸く口にした言葉は、それだけだった。

 というかもうそれ以外、何も言えなかった。

 そうして透莉は、その後響からの電脳通話チャットが届くまでインストールされたプログラムとにらめっこを続けたのである。


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