1.1.10 平タケル

 「ここは……中学の教室…?お、誰か入ってきた。あれは、サトルにケイコ、それにタクマまで……。なんで皆あの頃のままなんだ?なんで体操服着てるんだ?体育の授業の後か…?ん…?あの最後に教室に入ってきたのは……まだ当時日本語があまりよく話せなかった俺だ。暗い顔してるな…。」


 その日、体育の授業は最後の時限であったため、生徒たちは放課後に更衣室へ行き着替えるというクラス内でのルールがあった。ある生徒が走って教壇に立っていた担任に、自分の制服がないことを相談した。

 「みなさん!××さんの制服知りませんか?」

先生は生徒たちに聞いた。

 「女子は今所持している制服は自分の物か確認してください!男子は××さんの制服を探してください!」

生徒たちは皆気だるそうに捜索を始めた。××は無表情で教壇に立っている。ある女子生徒が何もしていなかった××にこう言った。

 「ちょっと、あんた自分の物ぐらい自分で探しなさいよ。私たちの時間奪わないでくれる?」

先生は黙っている。

 「ごめん……。」

××は下を俯きながら呟いた。

 「ハァ?聞こえないわよ。あんたのせいで私の大切な時間潰れたのよ?」

 「ごめんなさい。」

××はその女子生徒に謝った。当時のタケルはその険悪な空気を感じ取ったのか、音を出さないように帰りの支度を済ませていた。

 「はい、じゃあもう探さなくていいわね。はい、先生帰りましょ。」

重い空気の中、学校は終わりを迎えた。


そして、放課後。


××は独りで制服を探していた。タケルは教室の隅から××を見ていた。教室には、教卓、整列させられた椅子と机、それら以外は明らかに何もなかった。××は橙色の日の差し込む廊下をとぼとぼと歩いていた。

 「夕焼け。綺麗。」

廊下の窓から外を眺め、黄昏た。自分の制服の事など頭の中から抜け、窓からの景色を堪能した。橙色の空の色を跳ね返していた学校の池に目が行った。綺麗な鏡の真ん中に小さくまとまったゴミが浮いていた。


××は池の傍に行き、それを掬い上げる。タケルは、それが無残にもズタズタに刻まれた××の制服であった事に驚いた。


 「どうして……?どうして……?」


××は池の端に座り込み、タケルに話しかけるかのように、水面に映る自分の顔に話しかけている。

 

 「どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?」


××は顔を上げる。その顔は血塗られたエミであった。

 「タケル君。どうして助けてくれなかったの?」

エミは首を傾げる。彼女の目からは血の涙が溢れている。

 「俺は、エミを助けたかった。護りたかったんだ。その綺麗な体に傷なんてつけたくなかった。俺が悪いんだ。あの時エミにスタンガンを取らせに行かなければ、俺が猿二匹を殺していれば、エミは傷つかなかった。ごめんな。ごめん。ごめんよ。」

 「お前のせいだ。お前のせいで、私は傷ついた。お前のせいだ。よく覚えておけ。お前のせいで人が死んだ。お前のせいで、私の大切な余生がつぶれた。お前のせいだ。お前のせいだ。」

 「俺のせいだ……。わかってる……ごめんな。」

 「ハァ?聞こえねえよ、これからどうすんだって聞いてんだよ。猿相手に胸ブッサされて倒れるなんて、弱っちいな。お前、弱いんだからそのまま死ねよ。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。お前は、弱いんだ。」

 「ああ、その通りだ。俺は弱い。」

 「はい。じゃあもう生きる価値ないね。神様。こいつの命奪っちゃいましょ。」

 「やめてくれ。……俺は強くなる。生きる意義は、自分で決める。だから、強くなって…、お前を……護る。」

タケルはエミの顔の血が池に吸い取られていくのを見た。池は赤く染まった。エミは明るく、健気な笑顔でタケルを見ると、

 「うん。頑張ってね。応援してる!」




酷い汗をかきながらタケルは起きた。彼の左肘の内側に大量の管が差し込んである。タケルは酸素マスクを外し、呼吸を整える。彼の脈拍計は『ビーッ』と鋭い音が鳴っていた。その音で看護師が走って部屋に入ってきた。

 「あ!おはようございます、今主治医を呼んできます!」

看護師は急いでタケルの担当医の手を引っ張り、呼んできた。

 「おー起きましたか。こんにちは。よかったよかった。先ほどまで僕も一緒に居たんですけどね。ちょっくらトイレ行ってたんですよ。あ、そうそう。申し遅れました、僕、御影アユムです。よろしくね。平タケルくん。」

御影と名乗る目の下に隈のある髪の長い男は、落ち着いた口調で、まだ現状を把握しきれていないタケルにそう告げた。

 「こ、ここは……?そ、それに!エミは!?エミは大丈夫なのか!?」

 「ここは、見て分かると思うけど病院です。首都東京国際総合病院だよ。一緒に講義室に倒れてた子は君が起きるちょっとまえに緊急手術を終えたよ。出血が多かったみたいだけどなんとか持ちこたえて、今は病室で寝てるよ。」

タケルはエミの容態を聞き、胸をなでおろした。そして、タケルは自分が猿に胸を貫かれたときのことを思い出した。

 「俺は、!なぜ生きてる?胸を貫かれたんだぞ!」

タケルは御影に問を投げかけた。

 「君の心臓には穴が開いただけだ。分子レベルまでに粉砕されればさすがの僕でも修復は不可能だ。だが君の心臓に開いた穴を縫って塞いだ。その間僕は君に悪夢を見させる代償を払って体の時間を止めて、体の器官が壊死しないようにしたんだよ。あ、それと君、エミさんのこと相当すきなんだね。秘密にしておいてあげるけど。」

 「バッ……好きじゃねえよ!!!!というか、お前……何者だよ……?悪夢が代償…?体の時間を止めるって…?」

タケルはますます混乱する。御影は、無表情のままこう答えた。

 「僕、夢食べるんです。」

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