7-Ⅰ 内省 The Reason why She Fights


 大阪城公園に魔法少女ロートケプヒェンが立つ。目的は観光、ではない。

 彼女の周囲を、スライム型眷属、亜人型信奉者、低級ドラゴン、卜占祭司ドルイド岩石人形ゴーレム屍体歩兵アンデッドなど、厄災の端末ぶひんである有象無象魑魅魍魎が生死を問わず取り囲む。

 ドゥルルル、と手にしたチェーンソーがいななきをあげている。ロートケプヒェンの口角が上がり、鮫のように尖った歯列が剥き出しになる。下腹部の、彼女が魔法少女たる証左である紋様が、子宮の上半分に布を被せたような意匠の紋様が、瑞々しい柘榴のように紅く輝く。

 風と音を置き去りにして、ロートケプヒェンが端末ぶひんのうちの一体に肉薄する。彼女の韋駄天いだてんが如き敏捷性に真っ当な動体視力(祝福を受けているとはいえ)が追いつくはずもなく、ローブを着込んだヒトの男は胴体に別れを告げる。

「Ei, Großmutter, was hast du für große Ohren!」

 頬に付着した返り血を舐め取り、背後に回り込んでいた首なし騎士デュラハンの更に背後に回り込む。

「Dass ich dich besser hören kann!」

 駆動するチェーンソーの刃先を鎧の隙間にじ込む。鎧と接触し火花を散らしつつ、中身をバターのように両断する。

「Ei, Großmutter, was hast du für große Augen!」

 首なし騎士デュラハンが取り落とした両刃剣を、上空から飛来した翼竜ワイバーンに投擲し、チェーンソーを引き抜――けない。

「Dass ich dich besser sehen kann!」

 舌打ち一つ、あっさりと武器を放棄し赤手空拳で地中から現れた巨大蚯蚓みみずを踏みつけ引き千切る。その隙に首なし騎士デュラハンの亡骸に突き刺さったままのチェーンソーを具象化解除、手元に再具象化させた。

「Ei, Großmutter, was hast du für große Hände!」

 両刃剣に翼を貫かれた翼竜ワイバーンがロートケプヒェンに落下するが、彼女はエンジンを起動させたチェーンソーを上段に構え、翼竜ワイバーンの身体を自らの爪先を基点にした真円にいて落下の衝撃を免れる。

「Dass ich dich besser packen kann!」

 チェーンソーの刃が翼竜ワイバーンの火炎生成器官を刺激したのか、その屍体は熱を帯び爆炎を周囲に撒き散らす。

 ロートケプヒェンはそれによって火傷を負いつつも瞬時に恢復かいふくし、爆風に煽られてバランスを崩した骸骨兵士スケルトンの下顎部を蹴り飛ばす。

「Aber, Großmutter, was hast du für ein entsetzlich großes Maul!」

 蒸発したスライム型眷属の跡を踏み越え、竜に騎乗した槍兵に追随し、跳躍。高速で全身を縦回転させながらチェーンソーを振り下ろし、竜諸共に断面図を完成させる。

「...Dass ich dich besser fressen kann!」

 竜と竜騎士の亡骸が砂埃を上げる中、ロートケプヒェンは他の端末ぶひん睥睨へいげいしてにたりと笑った。


 およそ五分後、辺りは死屍累々の様相を呈していた。そしてその中央には、返り血に塗れたロートケプヒェン、椋路むくみち柘榴ざくろの姿があった。

『流石の大立ち回りですね、ロートケプヒェン』

「はっはっは、もっと褒めろ褒めろ」

『先日のこのこと敗走してきただけのことはありますね』

「…………」

 インカムを通じてメアリーの称賛と皮肉が届く。そして、辺りの大阪城公園の光景(のみならず端末ぶひん達の亡骸でさえも)は瞬時に掻き消え、たちまち野球場のそれに戻る。

『模擬戦闘お疲れ様でした。ベンチでゆっくりなさってください』


 彼女らは今、半年に一度京セラドームを貸し切って行う模擬戦闘訓練に来ていた。しかしこれはただの訓練ではなく、一般客も訪れて観戦することのできるイベントとしての側面も持ち合わせている。

 賽河原さいがわら支社長の発案で始められたこの演習は、高度なホログラムとシミュレーターを利用して臨場感溢れる戦闘風景を一般人にも体感してもらい、「我々は普段このようにしてあなた達の街を守り戦っています」と大々的にアピールし支持と資金の同時獲得を目的としたものである。

 また、過去にはVRヘッドセットによる魔法少女視点の映像も公開していたが、目まぐるしく移り変わる光景に画面酔いする者が多発し、今は観客席から眺めることができるのみとなっている。

 戦闘演習が一通り終われば、子供の為の戦闘体験や握手会など次のプログラムが待っている。どれも椋路の苦手な分野である。そもそも子供達は病葉わくらば帚木ははきぎなど他の社員ばかりに集まり、椋路の所には誰も来ないので、苦手以前に面白くないのだが。野生の勘で椋路を避けているというのなら、大層な逸材であろう。


 先日の稲津いなづとのデートから朝帰りした際、椋路は関係者各所から盛大なお叱りを受けた。

 まず病葉や帚木の曰く、「出会った初日に夜を共にするってどういうこと!? そういうのはもっと、何回もデートを重ねて手を繋いだりキスしたりを経てからするものじゃないの!?」

 二人とも奥手だなァ、と思ったが、椋路自身もどうしてラブホテルに行くことになったのか(そして起きたばかりの稲津の身体には幾つか噛み痕が見られたが、どれほど情熱的な夜を過ごしたのか)、その詳しい経緯は全く憶えていなかった。

 また賽河原の曰く、「民間人と関係を持つのはご法度だよ。厄災達の付け入る隙になりかねないからね。早急に関係を断つように」

 言い返す余地のない正論だった。

 最後にメアリーの曰く、「……ヤリ〇ン助平ですね」

 椋路にはこれが一番堪えた。

 肝心の当事者たる稲津からは、軽蔑を買うどころか、別れ際に「また、会ってくれますか」と請われ、半ば茫然としていた椋路は彼と連絡先を交換した。近いうちにまた会うことになるだろう。

 しかし賽河原が言うように、椋路は稲津との関係を断つべきだ。折角助けた命(と言うのはおごりかもしれないが)を、また椋路自身の甘さにより危険に晒すのは、魔法少女として、あってはならない。

 という気持ちとは別に、椋路の内側に萌芽を見せつつある感情がもう一つあるのもまた事実だった。稲津上那かみなという個人への執着、献身である。

 魔法少女は孤高の存在だ。戦うのは世界と自身の為であり、特定の人物に肩入れすることはない。分け隔てなく救いを差し伸べ、降りかかる火の粉を払う、万民の手であるべきだ。

 そうと分かってはいても、椋路は、他でもない彼の為に戦いたいという気持ちを否定することができなかった。稲津には「自分は人間はなく兵器だ」とうそぶいておきながら、椋路の内側に厳然として在る感情が人間性とでも呼ぶべきものであるのは、なんとも皮肉であった。

 稲津は弱い。肉体的には勿論、精神的にも。だからと言うわけではないが、その彼の危うさにもし自分がいなければ、と憂えずにはいられない。これを執着と言わずしてなんとしようか。しかし特定個人への尽きせぬ興味関心を、本来遍く人民に向けるべき温情と正義を、社会的兵器である魔法少女が私的に行使することなど看過されえない。

 椋路はベンチに腰かけて、スポーツドリンクを飲みながらグレーテルが模擬戦闘の準備をしているのを眺めた。彼女は戦闘前だというのに観客に愛想を振り撒いているのだから、つくづく変人だと思う。

 魔法少女は人民を保護しこれに奉仕する存在であり、愛玩し愛玩される為の存在ではない。が、これでいいのだとも思う。人であることを捨て、人々の理想として孤り在る、これを偶像アイドルと呼ぶことには何ら差し障りなかろう。

 故に椋路は、(病葉を見倣おうというわけではないが)偶像に徹するべきだろう。

 ――だからあたしは……。


「お疲れ様、椋路ちゃん」

 不意に隣で声がして見上げると、そこには好々爺こうこうやのように笑みを浮かべた耳長の男性が立っていた。

「うわっ、ビックリしたァ」

 そう言って椋路はグレーテルの戦闘に目を戻す。

 傍らに立つエルフ、賽河原は莞爾かんじとして微笑みながら、よっこいしょ、と漏らして椋路の隣に腰かけた。

「隣、いいかな」

「もう座ってるでしょ」

 賽河原は手にしたマンゴージュースを飲みながら同じようにグレーテルの戦闘を眺め始める。

 暫くの間互いに無言でグレーテルの戦う様を見ていたが、

「体調はどう?」

 と賽河原が口火を切った。

「ああ、まァ、順調ッスけど」

「結構。君を実戦投入してから月日が経つけど、卓抜した戦闘センスに適切な状況判断、君はひょっとしたら大物になるかもしれないね」

「昇給の話ッスか」

「それはまた今度。でも我々御伽社おとぎしゃは、君達魔法少女の全面的なサポートを約束する。何か欲しいものはある? 悩み事は? 大体のものは経費で落とせるし、うちにはカウンセラーだっている」

「じゃあ……」

 椋路はストローから口を離し、賽河原を瞥見べっけんする。試すように、或いは品定めするように。


「あたしがこないだ助けた少年、稲津上那と駆け落ちしようと思ってる、って言ったら……?」


(ロートケプヒェンのドイツ語台詞は https://www.grimmstories.com/language.php?grimm=026&l=ja&r=de より抜粋)

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