矢山行人 十五歳 夏27

 月曜日。

 僕は朝子の件を陽子に連絡せず、また寺山凛のことも秋穂に伝えず、学校に登校した。教室にはまだ陽子も秋穂もいなかった。

 秋穂のしているゲームもそろそろ終盤のはずだった。

 今日、登校してもおかしくなかった。


 チャイムが鳴り、担任教師が教室に入ってきた。何十年も教鞭をとっている陽気な五十代の女性だった。

 秋穂と陽子が不在のまま担任教師が喋りだして、僕は何となくグランドの方へ視線を向けた。


「えー、今日、休みの連絡があったのは、西野さんと安藤さん。西野さんは変わらず体調不良で、安藤さんは、あーご家族に不幸があったとのことです。それで、えー」


 僕はまだグランドを見ていた。

 が、先生の言葉はもう届いていなかった。


 安藤陽子の家族に不幸があった? 


 不幸、陽子の家族の誰かが亡くなった。

 誰が? 陽子の父? 母? それとも……。

 一瞬、僕の目の奥が痛み、視界が赤く変わった。


 朝子。


 そうと決まった訳じゃない。

 けれど、陽子は名前の分からない病気だと言った。

 幾つもの病院を巡り、結局わからずに実家から一番近い病院に入院している。そんな病気なら突然、悪化してもおかしくない。

 またチャイムが鳴った。

 が、最初、僕はその音が何であるのか理解できなかった。視線を前の黒板に向けると、丁度、担任教師が教室を出ていくところだった。


 僕の視界は高くなっていた。どうやら僕は立ち上ったらしい。

 足が動いた、机の端にぶつかったが、痛みはなかった。教室のドアを開け、廊下に出て担任教師の名前を呼んだ。


「ん? なにかな、矢山くん?」


 矢山って誰だ?

 あぁ、僕か。

 口を開いたが、声が出なかった。何度か試して、うめき声のような音が僕の口から洩れて、それが言葉になった。


「安藤、さんの、家族に不幸が……、あったと、言ってましたけど、誰が亡くなった、のか、聞かれて、……いますか?」


「どうして?」


 担任教師がいぶかしげに僕を見た。

 僕は質問を質問で返されたことに、普段なら感じないほどの激しい苛立ちを覚えた。


「先日、安藤さんと入院している妹さん、のお見舞いに行ったんです」


 そうじゃないですよね?

 と念を押すように言いかけて、やめた。


 担任教師の表情が目に入ったのだ。

「そう。あのね、一昨日の夜に朝子さんの容体が、」


 もう声は、音は、意味は僕の中に入ってこなかった。

 顔の筋肉が変な動き方をしたのが、僕には分かった。担任教師に対し、頭を下げた。お礼というより、今の表情を誰かに見られたくなかった。

 

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