矢山行人 十五歳 夏20

「スクールカウンセラーって仕事、知ってる?」

 と美紀さんが言った。


 知らないです、と僕は答えた。


「心の問題の専門家で、小、中、高校で、生徒や保護者の悩みを聞くのが仕事なんだ。話を聞くだけなんだから、簡単に思えるけど実際、すごく難しいんだよ。とくに言葉にできない事柄を抱えた人の話を聞くのは」


 そうでしょ?

 と言わんばかりに美紀さんが僕を見た。

 僕は目を逸らした。

 はじめて、美紀さんの視線から逃げた。


「言葉にできず、それでも何か言おうとして、ため息やうめき声しか出てこない。それを黙って聴いて、待っているのが本来の正しい人間関係だと思わない?」


 なにを言っているんですか?

 と言おうとしたが、できなかった。僕は一度、待てなかったから。結果が欲しくて、楽になりたくて僕は待てなかった。


「けど、それって難しいよね。

 大人でも難しいのに、中学生なら尚更だよね。行人くんの周囲にいる同級生も待ってくれない。すぐ言葉にすることを求めてくる。だから、言葉が軽くなるし、断定的になる。まるでバラエティー番組だね。ああ言えば、こう言うみたいな決まりがあって、反応は早ければ早い方が良い」


 教室にいると、それが正しいのだと僕は思った。反応を早くして、笑いの決まりごとを決めて、言葉を軽くして。ノリだけで生きているみたいにして。

 そうすれば、教室で浮くことはないし、友達だって出来る。


「曖昧な言葉が許されない世界で君は器用に生きている。嘘をついて、流れに逆らわない言葉を身につけて。本音を隠した。立派だと思うよ」


 ありがとうございます、

 と言おうとしたが、やはりできなかった。


「でもね、たまには言葉にできない体験を言葉にして、在り来たりで陳腐な言葉にしないと、パンクしちゃうよ」


 大きく息を吸った。そして、僕はへらへらと笑った。


「それで、美紀さん。スクールカウンセラーはこの話にどう絡んでくるんですか?」

 楽しげに美紀さんが僕を眺めた。「私ね、君の年くらいにお世話になったの、スクールカウンセラーに。紹介してほしかったら、言って」


「分かりました」


「あと、煙草は程ほどにね」


「そーですね」

 バレてたのか、と思ったが、それほどショックではなかった。「僕からも美紀さん、ひとつ良いですか?」


「なに?」


「今度、兄貴には内緒でセックスしましょ」


 美紀さんが噴き出すように笑って、「もう少し成長したらね」と言った。

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