矢山行人 十五歳 夏16

「それで、あなたは誰? もし私に乱暴するつもりだったら、やめといた方が良いよ」


 先ほどと変わらない軽い感じだったけれど、そこには確かな警戒心が含まれていた。


「そんなつもりはなかったけど。もし、そーするつもりだった場合、どうするの?」


「携帯でアナタの写真を撮って、ここから飛び降りて死ぬ」


「は?」


「この下は農家の方が管理している畑になっていて、朝には私の死体を見つけてくれるから」


 乱暴されるくらいなら死んでやる、朝子は本気でそう言っているようだった。言葉を選ぶべき場面なのだろうけれど、僕はそのまま疑問を口にした。


「畑なら、落ちても死なないんじゃない?」


「死ななかったら、そのまま山を下りて助けを呼びにいく」


「なるほど」

 じっと朝子は僕を見定めるようにして、様子を窺っている。僕はコンビニ袋からオレンジジュースとカルピスを取り出した。


「はじめまして、矢山行人って言います。朝子さんに乱暴を加えるつもりはありません。お近づきのしるしとして、ジュースはいかがでしょう?」


 朝子はあっさりと、体から力を抜いた。

「まぁどっちにしても、ここまで来られたらどうしようもないしね」


 言って僕が差し出したオレンジジュースを手に取った。

 信じられてないなぁ、

 と思いつつ僕は残ったカルピスのキャップを開けて飲んだ。


「それで、矢山さん」


「あ、朝子ちゃん。矢山って名字があまり好きじゃないんだよね。なんで、行人って呼ばない?」


 自分で言っていて、朝子さんよりも、朝子ちゃんの方がしっくりきた。


「んー、呼び捨ては嫌なので、行人さんで」


「ありがと」


「それで、行人さんは、お姉ちゃんの友達? それとも彼氏?」


 答えは控えて、墓を囲むブロック塀に腰をおろしてコンソメ味のポテトチップスとチョコレートのクッキーを開けた。

 どうぞ、と勧めてから「どうしてお姉ちゃんだと思うの?」と言った。


 朝子はお菓子の袋がひろげられたブロック塀の横に座って、チョコレートのクッキーを手に取った。


「お母さんやお父さんだったら、私の後を追うなんて方法は取らないし、友達だったらまず他人に頼る必要がない。消去法でお姉ちゃんってだけだよ」


「なるほど。どうしてお姉ちゃんは僕を巻き込んだんだろ?」


 それは僕の最初の疑問だった。

 なんとなく朝子なら答えてくれるかな、と思った。


「お姉ちゃんは私が絡むと他人に頼るしかないんだよ」


「どうして?」


 朝子はチョコレートのクッキーを食べてから

「秘密」

 と言って、ポテトチップスに手を伸ばした。


「それで、行人さんはお姉ちゃんとはどんな関係なんですか?」


「クラスメイト」


「友達ですらないの?」


 友達? よく分からなかった。


「ただのクラスメイトが、どうしてお姉ちゃんの、こんな無茶なお願いを聞いてるの? お姉ちゃんのこと好きなの?」


「セックスしたら、好きになるかも」


「最低」


 朝子が皮肉気に笑った。

 暗がりでも分かるくらい、その表情は陽子と似ていた。


「いや、冗談だよ、冗談」

 言って、何となく空を見た。月はなく、所々に小さな星が光っていた。「人を好きになるって、どういう感じなんだろうなぁ」


「なにそれ? 在り来たり、平凡な質問を私にしないでくれる?」


「すみません」

 ペットボトルに口をつけ、話題を変える。「で、朝子ちゃんはここで何をしてるの?」


「また、在り来たり」

 呆れたように言いながら、町に指を差した。「夜景を見てるの」


「金曜日の深夜だけ?」


「そうだよ」朝子はポテトチップスを食べ、指についた油っ気を舐める。


「なんで?」


「金曜日にしか見えないものがあるんだよ」

 僕は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「決戦は金曜日」


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