あの海に落ちた月に触れる

郷倉四季

矢山行人 十四歳

 彼女が十人いる男が最初に連絡をするのは十番目の女だ。


 同級生の男子がそういう話題で盛り上がっていた。女子のいない体育の着がえの最中だった。僕はとくに口を挟まず着がえを続けていた。


「絶対、十番目の女だって! だって、そいつに嫌われても、他に九人の彼女がいんだぞ? なら気を使う必要はないじゃん。それって、やりたい放題ってことだぜ。最高だろ? なぁミヤ?」


 話を振られたミヤは

「そーかぁ?」と言いながら、一瞬だけ僕を見たのが分かった。

 僕は気付かないふりをした。


 その日の放課後、屋上に通じる階段の最後の踊り場で待っていたミヤは不満げな表情をしていた。理由は体育の着がえ中の話題以外になかった。


「どう思うよ、行人?」


「そうだなぁ」


「俺だったら、十人の彼女がいたとしても、一番好きな子に最初に連絡するぞ。だって、一番好きな子なんだから」


 理由はそれだけで十分だろ? という顔をするミヤに僕も概ね同意するつもりだった。が、本心を言えば、僕はよく分からなかった。


「もちろん、僕も一番好きな子と一緒にいたいけどさ」

 と僕は言った。「その結果、喧嘩するかも知れないし、一番好きだからこそ、しんどいなって思う瞬間があるかも知れないよ」


「いや、だからさ。その喧嘩とか、しんどいってことを含めて一緒にいるのが恋愛なんじゃねーの?」


「そうなのかなぁ」


「クラスの連中は恋愛ってものを分かってねーよ」


 多分、僕も恋愛ってものを分かっていない。

「でもさ、僕たちはまだ十四歳で、社会的にも肉体的にも未熟だろ? 一番好きな女の子が、これからもずっと一番とは限らないだろ。一緒に居たいと願えば、ずっと居られるとも限らないし」


「だからこそ、だろ」

 とミヤはすかさず言った。「一緒にずっと居られないかも知れないから、今一緒に居んだよ」


「その後に、辛くて苦しい結果があるとしても?」


「生きていればさ、辛くて苦しいことは避けられないじゃん。だからこそさ、彼女を十人作る暇なんてないし、十番目の女の子に連絡せずに、一番好きな子と長く一緒にいるべきなんだよ」


「その通りだと思う」


 頷きながら、僕はまったく逆のことを考えていた。


 一緒に居ないからこそ、相手を大切に想うという瞬間が世の中にはある。

 中学二年の僕に、その具体的な例を出すことはできないけれど、それはおそらく大きく間違った結論ではないように思った。



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