貪夫徇財:たんぷじゅんざい

「本当に大丈夫なの?」

「ダイジョブダイジョブ。だってアタシがこーしてピンピンしてんじゃん。ま、行ったら分かるって」


 午後8時。星ヶ谷ほしがや駅の北口、少し外れた場所のドーナツ屋さんの前で迎えの車を待ちながら、私はナツホに不安な気持ちを繰り返し訴えていた。


「でも……相手は男の人なんでしょう? つまり、その……」

「しつこいなー。まず相手の正体は詮索せんさくしちゃダメなの。男かどうかも。忘れないで。それは絶対のルール。手を握るだけ。それだけで日当2万円。何が不満なのよ?」

「だから……その無理矢理なんかされたりとか」

「ナニ想像してるか知んないけど、いきなりチンチン握らされたりはしないってば。それに向こうはあんたに何もできない。行きゃあ分かるって」


 そんなり取りをしている間に、私たちの目の前に黒塗りの高級そうな車が滑るようにやって来て柔らかいブレーキ操作で止まった。

 それはピカピカに磨かれていて、私は外国の大使送迎にでも使われそうなその車のドアに、不安そうな私と小さく手を振る上機嫌なナツホが写るのを見た。


「ヤッホー、おじさーん」

 ナツホはサークルの後輩にするようなノリの挨拶をする。

 運転席からダークスーツに白い手袋の初老の紳士が降りて来て、ナツホと私を一瞥いちべつし、律儀な礼をした。


 私は釣られてお辞儀じぎを返したが、ナツホはニコニコしながらうなずくような仕草しぐさをしただけだった。


「このかたかね、ナツホ」

「そ、アタシの親友。高橋サユミ。事情があって急に引っ越したもんでお金が必要でさあ。アタシの後釜にピッタリだと思って。サユミ、こちらアタシの親戚の叔父さん。吉永喜一郎よしながきいちろうさん。この人が職場まで連れてってくれるし、色々教えてくれるし、お給料を渡してくれる」


「…………」

「…………」


 私とナツホの叔父さんはきっかり三秒の間、互いを値踏みするように見つめ合った。


「だから信用できるってば! アタシの叔父さん、アタシの親友よ?」


 ナツホの言葉を受けて、その場の妙な空気に、彼の方が穏やかな笑みで終止符しゅうしふを打った。


「吉永です。どうぞ宜しく」

「高橋です……こちらこそ宜しく」


 彼の自己紹介に私もぎこちない笑顔で自己紹介を返した。


「ではこれを」


 彼がポケットから取り出したのは二つの「目隠し」だった。

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