第23話事前準備


 店に入ると、おばちゃんは俺たち三人のことを覚えてくれていた。

 腹をすかせたスフレとシュゼに、たらふく食べさせて貰った。


 俺をこの世界に引きすり込もうとしたおばちゃん。


 このおばちゃんと仲良くしてしまえば、この世界に囚われてしまうのではと、微かながらに思ってしまうが、今は三人いる。きっとこの三人なら大丈夫。そんなしめやかな自信があった。


「どおしたんだい? また、お腹でもへったかい?」


 好きなだけ食べてっていいからねと、皺のよった優しさにあふれた笑顔を向けてくれる。


「おばちゃん。俺たち冒険者になりたいんだけど、どうしたらいい?」

「冒険者?」

「スフレがクエストに行ってみたいっていうから、冒険者になればいけるかなと」

「そんな甘い考えで冒険者になんてなるんじゃないよ!」


 叱責を食らった。


「大体、この町の周辺にはモンスターなんていないし、冒険者募集の張り紙もすくなかっただろう。それに、女の子の意見に乗せられて、着いていくだけのようじゃ、あたしゃあ反対だね」


 ごもっとも。就職試験不合格。


 隣にはおばちゃんの覇気に少し怯えるシュゼと、にやにやしているスフレがいる。


 どうすればいい。どうしたらおばちゃんを説得できる。どうしたら――。

 ――また。逃げている自分がいた。


 怯えて言い訳しか考えていない自分がいた。


 さっきのステータスカードを見て、現実を認識し落胆したのは事実だ。

 ――こいつらと一緒にいたいじゃだめなのかなぁ。


 自分に対して期待薄なのは解っている。でも、これじゃだめなのか。


「俺は、こいつらと三人で何かを成し遂げたいんだ。自分ひとりなら逃げていた事でも、この二人がいてくれたら見方が変わる。この三人でいる意味を確かめたいんだ」


 一人だけなら間違いなくこの世界に飲み込まれていたし、スフレだけならきっと喧嘩して終わっていた。シュゼが居てくれたから三人で今ここに居る。


三人だからこそ――ここに居る。


「そおかい」


 おばちゃんはそういうと店の二階へと俺たちを上げてくれた。

 薄暗く埃っぽい。モノが雑多に置かれ、そのほとんどに埃が被っていた。

 ――もし、俺が迷わなかったら、ここで寝泊まりしてたんだな。と笑いごとでもない冗談が、今となって笑えてくる。


「これを使いな」そう言っておばちゃんは埃を被った箱の中から、剣を出して俺に差し出した。


「あたしのお古で悪いけど、これなら使ってくれて構わないよ」


 おそらくどこの武器屋にでも並んでいる直剣。ただし、使い込まれ何度も手直しされ、大切に使われてきたのが見た目で分かった。


「それから、スフレちゃんとシュゼちゃんにはこれね」


 そういい二人に魔法の杖らしき、先端に赤く光る宝石のようなものが付いた木の棒を差し出す。


「「ありがとうございます!」」


 ふたりは輝かしい笑顔を向け、おばちゃんに礼を言う。

 スフレがひときわはしゃいでいるのは、なんとなく理解はできるが、シュゼも珍しくはしゃいでいる。


「あとはこれだね」


 そう言い、おばちゃんは俺に少しばかり大きめの盾をくれた。


「これで、ちゃんと守ってやるんだよ」


 そう言い、おばちゃんは力を込めて俺に手渡した。


「防具はうちの通りの市場外れにあるところのを使うといいよ、あたしの知り合いが営んでいる店だから、あたしからの紹介だって言えば、安くしてもらえるよ」


 何もかも助けられた。まさか異世界住人にここまでお世話になって、恩に着せるとは思わなかった。俺たちが元の世界に帰ったら消えてしまう世界。それでも、ありったけの感謝を伝えたかった。


「ああ、それとクエストだけどね、モンスター討伐系は危険だしあんたらも初心者だろうから、お使い系のモノを選ぶといいよ」

「えぇー、わたしモンスターをバッサバサ切り倒していくのがやってみたかったんだけど」

「いやスフレ。そもそもお前魔法で遠距離職だし、筋力の数値平均以下だし」

「そんなのやってみなくちゃ分かんないじゃない」


 駄々をこねる子供か。さっきおばちゃんから魔法の杖を貰ったばかりだろ、ちょっとはわきまえろ。


「なら、これを持っとくといいよ」とスフレに短剣を渡す。すいません何から何まで。


 どお? かっこいい? とシュゼに貰った短剣を見せびらかしている。

 すいやせん。うちのスフレが。


「ここまで言ってあれだけど、ちょっと頼まれてくれないかい?」


 ここまでして貰って断るわけにはいかない。


「この町からちょっと歩いたところにある地下迷宮で、あるものを取ってきて欲しいんだ」


 つまりはこれが目的で俺たちを呼んだな!? ハメられたぁー。


「初心者向けの迷宮で、もうモンスターはほとんど狩りつくされたから安全だとは思うが、一応気を付けて行っといで」


 うん。そんなことはなかった。


「探し物は貰ってってくれて構わないよ」


 貰っていい探し物とは? 探し物じゃないじゃん。と思うが、俺たちを見て斡旋してくれたおばちゃんには言えなかった。


「ああそうそう。ちょっと下のテーブルで待っていてくれないかい?」


 そう言いおばちゃんは下へ降りていき、俺たちもテーブル席で休むことにした。




 十分と少し経ったころ、おばちゃんが包みを持ってやってきた。


「はいこれ、持っていきな」

「これって?」

「お弁当だよ。向こうで腹がへったらお食べ」

「ありがとうございます」そう真っ先に言ったのはスフレだった。


 一行は立ち上がり、次なる目標へと歩みを進める。


 きっと消えてしまう世界と分かっていても、ここでも思い出は帰っても忘れずにいられると思う。三人共通の思い出になるはずだ。




 防具は定価の三割の値段で買えた。俺の稼いだ少ない給料には本当にありがたかった。




「よし、じゃあ早速迷宮に向かうぞ! おーーー……」


 もう夕方だった。返せ。俺のやる気と叫びを。


 日をまたぐとなると、おばちゃんからもらったお弁当が気になるが、そこもしっかり考えられており、日持ちのするものが詰められていた。


「んまあ、今から行くわけにもいかないしな……大体のお約束って、夜になるとモンスターが狂暴化するとか、夜には強いモンスターがはびこるとか……だしな」


 そう言い、晩飯を求めに行く。


 さすがにおばちゃんところに世話になるのは気が引けるため、有り金と相談した結果、ギルドの冒険者の戦利品で賄われる、格安の食堂に行くこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る