第三章

第18話試練の始まり


「天の地より力を持つことを許された生命たちよ。この荒れ果てた大地に降り立ち、自らの手で平和を取り戻し、素晴らしい世界を作り直すことを指名とせよ」


 ほんのりと暗い空間に一人の女性を前にし、膝を折る。誓いを述べよう。大理石で作られた床は冷たく、着いた膝小僧にじんわりと無機質な冷たさが伝わってきた。



「誓います」



 短くあっけない言葉。だが、この場では十分である。


「すべてを終えた暁には褒美を授けましょう。それでは」


 目の前に居る女性が一礼を済ますと、重い鉄の門が開かれるような音が響き渡わたる。顔を上げ、音の鳴る方向を探る。


 開かれた門から眩い光が漏れ出ている。


 後ろにいる女性から何かを訴えるような視線を感じ、振り返るも、あの女性はすでに居なかった。正面に向き直り、冷やされた膝を擦り、ゆっくりと開く門に向かって歩む。


 開ききった門から飛び込む光は、俺に少しばかりの勇気をくれた。




 目を開けると温かい日差しの下に居た。


 目の前の大通りを石畳に揺られ、馬車が通り過ぎていく。後ろには大きな噴水があり、常に水しぶきを上げていた。


 現代文明を感じさせる代物はおろか、街並みや人々の装いまでもが、中世ヨーロッパの田舎風景であった。雲一つない快晴の日。耳を澄ませば小鳥がさえずっているのが聴こえてくる。穏やかで気持ちがよかった。


 町の人たちの世間話に耳を傾ければ、日本語でないものの理解はできる。話すことも可能なようだ。ふと、ある人物との待ち合わせを思い出し、この街の中心に位置するであろうギルドへと足を運ぶ。


 不規則な石畳に揺られ、町を歩く。果物や野菜、魚に肉などがそのままの状態で置かれており、主婦でにぎわっている。

 おそらく、市場か何かだろう。


 中世ファンタジーゲームの世界だからなのか、果物や野菜の見た目は然程変わりのないものの、魚は大違い。とんでもなく大きなものや、蛍光色のような派手な色のものが多く、とても見た目だけでは食欲をそそるものはない。



《ギルド》



 扉が解放されたままの入り口をくぐり、いかにも冒険者と言わんばかりの人々が集まっており、大きな机を囲み、食事や作戦会議など様々にひしめき合っていた。


 ウェイトレスの歓迎が、騒めくギルド内に負けないくらい大きく響く。


 待ち合わせに程よい人気のない窓の方へ足を進めると、一人の少女から声がかけられた。白く長い髪に、透き通るような白い肌。目は青く凛々しく、一切のうねりのないストレートの髪からは、細長い耳が見え隠れしていた。



「合言葉は?」



 少女から掛けられた言葉は。初対面に対するものではなく、とっさの事であれば明らかに困惑するものだった。だが、俺はその言葉を返すことが出来る。


「シュゼの弱点はうなじと背中」どうしてこうなった。


「やっぱり、ともきだ」


 謎七割下心三割ほどのよくわからない合言葉を口にすると、少女は奴に似た明るい笑顔を振りまいた。


「やっぱりって、確証なかったのかよ」


 そういうと少女はくるりと振り返り。


「このあたしが、貴方を見つけられないはずないでしょ」


 と、自信たっぷりに言う。初めからなんとなく察しは付いていたが、我が家の忌々しい堕天使――スフレだ。


「んで……シュゼは?」ため息を零し、話を強引に引っ張る。

「あっち」スフレの指した方向は、ここよりも更に人気のない窓際の席であった。




「そう言えばお前はハイエルフなんだな」


 いつも買い物に行くときように肩を並べて歩く。


「そういうともきは、ただのヒューマンじゃない」

「ただのって言うなよ……一応人間のことだぞ……ま、お前がハイエルフを選んだ理由もなんとなく察してはいるが」


 にひひ、と笑みを覗かすスフレ。


「ついでに言うと、なんでまた赤がメインなんだよ……俺、そんなに似合わないだろ」

「えぇー、似合っていると思うよ?」またも微笑みを零すスフレ。


 キャラの見た目はスフレが勝手に決めていたらしく、またも自分ではさほど似合っているとは思えない赤を選択された。


 そんなくだらない会話をしながら、スフレが指をさした席に到着する。そこには、黒いマントのようなものに身を包んだ少女が、ちょこんと座っていた。


 フードを被っていたため、顔はよくわからないが、確認するまでもない。

 すぐにシュゼだと分かった。


 椅子に座り、シュゼと顔を見合わせようとすると、避ける。顔を覗かせ伺うが、またも避けられる。子供がそっぽを向くようなやりとりがしばし続けられ、自棄になる。


「おい、シュゼどうしたんだよ」聞くが聞かず。

「なあスフレ。シュゼはどうしたんだ?」


 そう問いかけると、スフレはシュゼの後ろへ回り込み、真相を伝える。


「これよ」少しばかり納得がいく。


 フードを盗られたシュゼの頭には大きなミミがあった。丈が高く、ふわふわの耳毛が特徴のミミ。狐のような猫のようなミミ。ぴくぴくと恥じらいを表すミミ。


 可愛いとしか言いようがなかった。これは恥じるべき男子大学生がひねり出した、歪みのない意見だ。決して性癖だとか趣味だとかではない。断じてない。可愛いに決まっているであろう。


「ネコ……狐か? 結構似合っているぞ」

「ほら、ともきだってああ言っているじゃない」

「いやぁ……は、恥ずかしいぃ」


 恥ずかしさのあまりか、声がかすれるシュゼ。


「しっぽもあるのか?」

「ええ、この通り」


 スフレがシュゼのしっぽを掴み、持ち上げる。狙い通りシュゼは真っ赤な顔をし、ネコに似た声を上げた。恥じらいを隠すためか、スフレからフードを奪い、縮こまる。無論、趣味ではない。性癖でもない。

 だが、あえて言おう。可愛い。



 今、俺がいる世界は、現実世界でもなければあの異世界でもない。強いて言うなら、スフレの創った異世界なのだが――。

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