第16話お風呂
――案の定無理だった。
甲高い悲鳴を上げ、風呂場から飛び出してきたシュゼは、脱衣所の中でスフレともみ合っているようだ。
「いやああああああああああああああああ、はなしてぇええええええええええ」
シュゼの動きを止めようとスフレは光系統の魔法や、投影魔法を使いまくっているようで、そのたびに、シュゼは悶絶だの絶叫だの騒ぎまくっている。脱衣所の前で項垂れるように突っ立っていると、突如中から声が聞こえなくなった。
「ちょっと、うそぉ」
驚いたような声が上がると、突っ張り棒で固定していた扉を使わず出てきた。バスタオルを巻いたスフレが出てきた。
びちょびちょのまま。でてきた。転移魔法? で。
「シュゼどこに行ったか知らない?」
「さっきまでお前ともみ合っていたんじゃないのか?」
「それが、どこかに行っちゃって」どこかに行ったって、虫じゃあるまいし。
何処かに行ってしまったのは本当の事らしく、シュゼは全身に泡と水をまとったままどこかへ転移してしまったようだ。
スフレが念を押していたのが効いていたらしく、この部屋に結界だか何かを張っていたらしい、そのためここからは出ていないという事で、一先ず安心はした。
だがしかし、全裸の美少女が泡塗れで部屋を徘徊していることにパッとしない俺。
「たく……どこに行ったんだ」これ以上部屋を汚されまいと、スフレに身体を拭かせ、リビングの散策に映る。
いつもの小さな部屋だったはずであるが、この時だけは異常に広く異様な闇に包まれていた。シクシクと鼓膜を揺らす音は、部屋の最奥にあるベッドから聞こえてくる。
暗がりをかき分けるようにして進み、ベッドの隙間に埋もれる少女を見つけた。
「しゅ、シュゼ……平気か?」
シクシクと鳴り止まない音に、徐々に引き寄せられていく。暗く、冷たく、狭く、寂しく、ネガティブめいた感情が胸の辺りを掴んでは離さない。もう一度呼びかけ、背中を擦る。
「だ、大丈夫か?」
その声に気付いたのか、ハッと顔を上げた。その顔は怯えていた。寂しそうであった。
「す、すみません。お、お風呂が少し……苦手でして」
怯えていた。寂しそうに。
「聞いてもいいか?」助けたいとは思った。どうにかできないかと考えてみるが、どうにか話を聞くだけでもできないか。
「え……えっと、はい。む、昔学園の浴場を使おうとして……す、少し」
顔を渋らせるシュゼは続けて。
「お、お風呂から出てきた後、脱衣所で……他の子から……ふ、服に蜘蛛がついていたよって言われて、それがずっと、トラウマでして」
涙を浮かべ、青ざめた顔をするシュゼ。そこでスフレが追い打ちを掛けるように語りだす。
「さっきも言ったけど、シュゼってこう見えてお嬢様でね、それで普段は召使が身体や髪を洗っていたのだけど、その日はたまたま家のお風呂が使えなかったから、学園のを使っていたのだけども。シュゼったら一人でなんにも出来なくて、シャワーのお湯が熱いとか、シャンプーがごわごわするとか、ダダこねて出て行っちゃったの。そしたら、脱衣所で服に蜘蛛がついていたよって言われて、それで、服も着ないで帰っちゃって――」
顔を赤らめ、もじもじする姿が暗がりでもわかる。
「ちょっと待て、その話的にお前も傍に居たのか?」
「そりゃあ、もちろん」当然と言わんばかりに当然としていた。
「なら教えてやれよ。シャワーの温度調整のやり方くらい」
「だって、学園のは私だって使うの初めてだったし、結構施設も古くって壊れているところも多かったし」
「それに、蜘蛛が嫌いなだけであんなに騒がないだろ。一体何があったんだよ、近所迷惑になるぞ」
「あ、あの……わ、わたし冷たい水が苦手でして……浸かる程度であれば問題ないのですが、か、顔に掛かるはすこし」
ちらっと睨んでみる。
「だって、この家の温度調整のやり方がわからないんだもん」
むきになったのか言い返す。てか、まだ理解できていないのか。
「じゃ、結局スフレの不注意が原因だったんだな。……はあ。そういえばシャンプーハット買っていなかったか」
またこいつの所為かと項垂れる。俺の辞書からは完全に天使という文字が消え去った。
「そういえば、そんなのあったね。試してみよっか」
Ж Ж Ж
「で…………なんで俺もここに居るんだ? 見られても平気なのか?」
「別にいいじゃない水着なんだし。なに、それとも女の子と一緒にお風呂に入れてうれしい?」
にやにやした顔をこちらに向ける。
「少なくともお前には欲情しないよ」
興味なさげに応え、濡れた水着を再度履きなおす気色の悪い感覚を思い返す。
「しゅぜぇ。だいじょぶそぉかぁ?」
「は、はい。これならなんとか……」スフレに頭を洗われるのが気持ちいのか、普段の表情より柔らかくなっていた。
気の入らない問いをし、お湯の張っていない湯船に浸かる。この物件は風呂トイレ別なうえ、脱衣所があり、独立洗面台もある。ワンルームとしては贅沢な作りなのだが、三人詰め込むとなると何が何でも狭い。
「なあ、俺は別にここに居る意味ないよな。帰ってもいいか」
「いいじゃない。べつに」どこか楽しそうなスフレはそう答え、シュゼの髪を流した。
ああ、平和だった日常(あのころ)に帰りたい。
まあ、そんなこんなで一日が終わり、我が家の歯ブラシ入れには歯ブラシが三本並ぶこととなった。
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