第11話ビーチ再び!


「我が名はスフレ・ヘカンツェル。天使の見習い一の魔法の遣い手として、天界第一学園を主席にひかえる者」

「いきなり何言っているんだあのバカ」


 吐き気に耐え、突っ伏している俺を見捨て、スフレは海に向かい何やらぶつぶつと呟いている。


「余りに強大であるが故、地に這い蹲ることしか出来ない其方よ。汝、終焉を見定める覚悟はあるか?」

「間違えているもんにいろいろややこしもん吹っ掛けんなよ! 大体、お前天使じゃなくて堕天――」

「『エクスプロ―……』」

「やらせねぇよ!」

「へにゃ」


 いきなり訳のわからない事をやりだしたスフレのおでこに、俺のはじいた貝殻がヒットする。


「い、いきなり何するのよ! 痛いじゃない!」

「いきなりはこっちのセリフだ! お前はまたこのまえのアレみたいに、この綺麗な景色を魔法でぶち壊す気か!」


 とこの前の残骸であろうぼろぼろになった島を指して言う。


 あの悪夢のような思い出が薄れてきた頃合いというのに、またスフレに連れてこられた。しかも、残骸は残ったまま。あんなものがいつまでも残っていたら、この綺麗な景観が台無しである。早急にどうにかしてもらいたい。


 先ほどのようにスフレを叱ってもらおうかと、シュゼを探し辺りを見回す。

 ――が。


「どわわあああぁあ、な、何だそいつ!」


 驚きのあまり声帯が普段と違った動きをしたため、明らかに変な声が出た。この現況を作り出したであろう本人は、肩をすくめ怯えている。

 シュゼの反応を見て、少し落ち着きを取り戻したところで、改めて問う。


「な、なあシュゼ……。そいつは一体なんだ?」


 シュゼとスフレは、俺の挙動不審ぶりに疑問を抱いている。

 そう思われるのは当然であるかももしれない。今の俺の顔は、インスタントラーメンをシンクにぶちまけた時のように絶望し、読み終えた本が、極界隈の薄い女性向けに描かれた官能小説だった時のように後悔しおり、そして尚且つ拉げている。


 絵に例えれば、幼児がクレヨンで無邪気にかき毟ったような、父の似顔絵に似ていた。それとした顔を恐怖という。背筋が凍るなんて安易な表現では指し示せないほどに恐怖している。


「マロンがどうかしたの?」


 スフレの言葉には確かに聞き覚えがあり、何気ない顔でソレと形容し難いものの頭を撫でている。シュゼと出会ったときに一緒に自己紹介をされていた使い魔の名前だ。


 俺の記憶違いでなければ、その容姿はまん丸く愛らしい形をしており、使い魔と呼べるには頼りなく縫いぐるみであるかのように、そっと携わっていた。――だが、今は違う。その姿はまさに――。



 ――ドラゴンだ。



 丸く小さかった体系は、鋭い突起と赤黒く堅い鱗に覆われ。四本脚に背中から大きな翼を生やし。クルリと愛くるしさを醸し出していた目は、狂気と凶器と怯気に塗れた鋭い視線を向け。見つめるほど死にたい、逃げ出したい、そんな邪視にも似た感情が襲ってきそうになる。

 鋭い棘を生やした太く長い尾は、主を守るかのようにシュゼを覆い包み、外敵からの接触の一切を断ち切っていた。


 ドラゴンだ……。譫言のようなフィクション世界の創造でしかない架空の生物が目の前に現れたことと、二人の少女と常夏のビーチという状況を差し引いても、余りある恐怖とで顔を引き攣らせて笑う事しか出来ない。


 恐怖で体が痺れていたら、スフレがドラゴンの顔を撫でている事に気が付いた。


「だ、大丈夫なのか? 嚙まれたりしない?」

「ええ、この子は人懐っこいしね。それに、まだ子供だし。ほらほら手だして」

「は? 子供? そんなにでかいのにか?」


 デカいのなんの、スクールバス一台分はありそうな大きさだ。


「うん。だって、ドラゴンの寿命って数千年から数万年ってあるもんだし。一族で大切に受け継いでいくものなんだけど、……この前も言ったけど、シュゼは双子の悪魔でね……。普通であれば、今まで大切に受け継がれてきたドラゴンを、使い魔として契約するんだけど。シュゼは妹に当たるから、一族のドラゴンは姉の方に引き渡されることとなり、新しく契約させられたのがこの子なの」


 しんみりしとした顔をするスフレを、あやすように頭を優しく撫でるシュゼ。


 双子というのは一卵性であれば姿も似ているというが、シュゼの場合はどうであろうか。そうであれば本当に顔や声まで似ているのだろうか。それは真相を確かめてみないと分からない。


 一つ尋ねてみるという手もあるが、なんとなくこの状況では、空気が読めない男と思われてしまいそうなので、辞めておく事にする。救いのない妄想を膨らましている一方、日常からかけ離れた視界に違和感を覚えた。


「なあスフレ。お前のその恰好は一体なんだ?」

「へ? これ? 水着」


 へ? と惚けるスフレ。


「いつ? 何処で? 誰の金で買った?」


 徐々に声色をドスの効いた音に変えていくと、スフレは力なしに座り込み、がたがたと震え始めた。


「え、ええと。……わ、私のお金で……つ、通販で」

「うそこけ、お前には小遣いもやってなければ、バイトもしていないだろ。また勝手に俺の金を使って、天界からの仕送りだとか言って、誤魔化して買い物していたんだろ!」

「うぅぅ~、こ、今回はみんなの分もちゃんと買ったから! そ、それに天界からの仕送りは本当なんだから! 私だってちゃんと勉強しているんです!」


 こいつ、全然反省していやがらねぇ。例の買っておいたであろう俺とシュゼの分の水着をひらひらさせ、必死に抗議している。


 やっぱ、甘やかすとロクなことが起こらない。


 通販で勝手に買い物するわ、ゲームはつけっぱなし、挙句またも本の絨毯を夜な夜な徘徊する羽目になり、自身のテリトリーと言わんばかりに、住み分けされているかのように散らかし放題である。


 天界からの仕送りという体でスフレの実家から送られてきた荷物は、どれも魔導書や道具といった類のもので、書いてある文字や使い方なんぞさっぱりである。むやみに触って部屋ごとすっ飛んで頂いても大変恐縮である故、そっと物置に押し込んでおく事にした。


 しかしながら、到底入りきる量でないため、生活空間を圧迫し俺の所有物は玄関にまで追い詰められていた。




   Ж Ж Ж




 青い海、白い雲、寄せて返す波、眩しい太陽。そして、浜辺で遊ぶ水着姿のお嬢様二方。平穏を望むなら、手に余るほどのご褒美のような時間であるが、少し違うかもしれない。砂浜にシートを引き、ビーチパラソルの影に身を潜め、暑い日差しから逃れる。浅瀬ではしゃぐお嬢様方の姦しい声に耳を傾け、心を癒す。


 ここまでの話をまとめると誰もが、海水浴に来た一行と思うだろうが、やはり――少し違う。


 よく見渡せば、俺の隣には猛獣が吠えているかのような寝息を吐く、バガでかいドラゴンが丸まり身を寄せているし、遊んでいるお嬢様の内一人は、現実では稀に見る白い髪を生やしている。


 おまけに空には幾何学模様に、遠景には島がいくつも空に浮かんでいる。――やはり、どこかおかしい。ロクにもしない事を考えていると、スフレにいきなり手を引っ張られ、浜辺に顔面から突っ込んだ。解せぬ。

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