第8話お買い物3

「何ですかこれ‼ とぉ、ともっ、ともきさん見てください、これ!」


 なにやら呂律が回っていない。


「これ!」


 満面の笑みで突き出してくる。そうやって顔に押し付けてきたのが、ネコを似たてた黒い包丁だった。危ないからやめて、お願いだから。


 何かを期待しているように目をキラキラさせている。今朝にも同じようなことがあった気がするな……。


「べつに高価でもないから買ってもいいが、素材とかは?」

「ステンレスっぽいですよ?」

「じゃあ大丈夫かな」

「しょ、食器やその他の器具もこれで揃えても……いいですか?」


 よく見るとその周囲には、その包丁と同じデザインの調理器具や食器が並んでいた。特に問題はないうえ、俺自身猫派なので断る理由などなかった。それに、少し気にはなっていたし。


「それじゃ、次行きましょう!」


 ご機嫌な天使には、つい先日トラウマを植え付けられた。そのことを思い出させぬ振る舞いにだんだんと警戒心が薄れてきた。




 続いて食品を求め、天井からぶら下がる案内板を眺める。


「パスタの方が近そうだな」

「では、そちらから向かいましょうか」




「んー、種類があまりないですねー」


 一見見渡せば種類豊富のように思われるが、出している企業が違うだけで、太さや形の違いは大してはなかった。あるあるだよな、ジャムとかソースとか、醤油や味噌なんかも、試してみれば違いが分かるかも知れはしないが、あいにくソース顔も醤油顔もみそ顔も興味はない。


「一番細いので1.4ミリかぁ、やっぱりカッペリーニというのはなかなか売っていないのですね」

「なんでそんなに細いのがいいんだ?」

「だって、そっちの方がさっぱり食べられそうじゃないですか」

「それもそうかもなあ、でも小さい時母親が作ってくれていたのは、大体太いのが多かったし、俺は今でもそれが好きだけどな」

「じゃあこれでいっか」


 そういうと先まで見つめていたものより少し太いパスタを手に取り、カゴの中に入れた。


 それからは野菜や調味料を買いに生鮮食品売り場や、数々のスパイスが並べられた棚からスフレが思うままに放り入れていく。


 打ち明けてしまうとバイトを始めていなかった頃は、スーパーに並ぶ品々は緑か草の二者しか違いが分からなかったが、それほど自身に食への興味がなかったのかと問おうが、嫌いな食べ物が少ない俺にとっては少々的外れな見解である。

 よって一般的な男子大学生の良識というものは、こういうものであると思っていただきたい。


 だが、そうした俺にも今日新たな発見があった。それは憎いバイトに励むことで、少しばかりか食に対しての知識が付いたのだろう。その結果、買い物の時注意が食材に向けられ、自然とスーパーの中を見渡すのが楽しくなっていたことだった。その楽しさについて隣にいる外国人風の少女と一緒にいるからとか、決してなく。浮かれているとかでは、決してなく。


 単純にわくわくしていた。


「朝ごはんは何がいいですか?」


 唐突に掛けられる言葉に耳を疑いそうになるが、どうやらこの天使育成計画には朝食のチケットまで付いてくるようだ。


「そうだな……サンドイッチとか?」


 体を傾け俺の顔を覗きこむように伺うスフレが、そろそろ真面目にかわいく思えてきた。


「サンドイッチ好きなんですか?」

「好きだが……どうしてだ?」


 その質問ににんまりと頬を紅潮させたスフレ。


「いえいえ、ごみ箱の中を覗かせて頂いた時に、そのような包装が目立ちましたので」


 あんまりデリケートな部分に触れないでもらえるかな、デリカシーなさすぎると怒られちゃうぞ。内心を悟られたくない俺と、勘があたってさぞかし嬉しそうな天使が隣にいる。


 スフレと出会ってからたったの数日ではあるが、ずっと前から知り合っていたような感覚がそこにはある。ただし、島一つ吹き飛ばす破壊光線を打つ。


 ときにこの状態に慣れていないと言えばウソになる。帰ってこい俺の日常……。


「あ」


 どうしたのですかと、首をかしげて問うてくる。


「牛乳きらしていた」


 もう、どうだっていいや。


「ぎゅ、牛乳ですか……」


 何やら表情を曇らせた。


「苦手か?」

「いえ、はい。お、おなかが痛くなります」

「乳糖不耐症ってやつか」

「たぶん、おそらくは」


 乳糖を分解する酵素が少ない人がなるらしく、日本人の殆どがこの乳糖不耐症に陥っているとか。俺自身にはそういったものはないからわからないが、小学校の給食の時に、飲めない人が多かったのは覚えている。


「牛乳って向こうの世界にもあったりするのか?」

「いえ、人間界へ行く時、食べ物や医薬品などに対して不備がないかをチェックするための、パッチテストのようなものが行われるのです。それでそう診断されました」

「なるほど……なら仕方ないか」

「べ、別に気をお使いになさらなくても……」

「いや、一人でも消費するのに苦労するし、それに身内が苦手なものを家に置いておきたくはないだろ?」


 シャツの裾をしわくちゃにする姿からは、やはり普通の女の子の印象を受ける。

 そして、かわいい。


「さて、それじゃあ帰るか」

「……うん」

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