第3話 恋愛小説

「もしかして二郎先生の正体が佐藤くんだって言っちゃだめだった? 」

佐藤くんが私の口を塞いでいた手を離したので、近くに寄って、小さい声で聞いてみる。

「あ、当たり前だろ。それに、それ言ったら一緒に住んでることバレるじゃん」

あ、確かに……。そこまで考えてなかった。同級生の男女が同じ家で暮らしてる、なんて知られたら大問題だ。

「ごめんごめん! 次から気をつけるよ」

「うん、絶対秘密だから」

そう言うと佐藤くんは足早に教室に向かった。……あれ? 心なしか耳が赤いような?気のせいかな……?

そして、佐藤くんが教室に入ると同時に2時間目のチャイムが鳴り始めた。あ、やばい。次、体育だ!


さくらは教室へ走り出した。



◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎



ふぅー、やっと終わったー!

大きな伸びをしながら、エプロンを外す。家政婦の仕事もだいぶ慣れてきた。今日の夜ご飯は、ハンバーグと大根サラダ、具だくさんお味噌汁、白ご飯。佐藤くんはダイニングテーブルで編集者の篠原さんと打ち合わせ中だ。

「佐藤くん、篠原さん、ご飯できましたー! 」

「はーい! さくらちゃんありがと。ちょっと待ってねー! 」

そう返事をしてくれたのは篠原さん。佐藤くんは、難しい顔をしてパソコンと資料を交互に見ている。

「行き詰まってるんですか? 」

さっきからだいぶ揉めてるようだったので篠原さんに状況を尋ねてみる。

「そうなんだよー。お祭りのシーンを書いてるんだけどね、なかなかうまくいかなくて……」

へー、佐藤くんでもダメだしくらうことがあるんだ。なんか意外!

「あ、 祭りといえば今日やってますよね! 東城祭! 」

東城祭とは100年以上も前から続く伝統的なお祭りだ。

「もうそんな時期かぁー。懐かしいなぁ。二郎先生は東城祭行ったことないの? 」

「……えぇ、まぁ」

佐藤くんはメガネを外して目をこすりながら返事をする。

「うーん。そっか……。ま、とりあえず気分転換にご飯食べよっか! 」

篠原さんは重たい空気を振り払うように明るく言った。


そういえば今回の小説は、どんなジャンルなんだろう? 二郎先生は今までミステリー・現代ファンタジー・異世界モノなどさまざまなジャンルで書いてきているのだ。

「ねぇ、佐藤くん、今書いてる小説ってどんなジャンルなの? 」

「えーっと、恋愛系だよ」

!!!!?

「恋愛系!? 恋愛小説書くの初めてじゃない!? 」

今まで二郎先生が書いた作品には恋愛要素が入ってるものは一切なかったはずだ。

「そうそう! 二郎先生にとって記念すべき初挑戦のジャンルなんだよねー」

「わぁ、やっぱりそうですよね! 」

二郎先生が書く恋愛小説!!

読みたすぎる!


「恋愛感情とかをうまく描写するの苦手なんだよ……」

佐藤くんはハンバーグを頬張りながらため息をついた。

「そもそも、二郎先生は経験が少ないからなー! 作家たるもの彼女の1人や2人ぐらい作っておかなきゃー」

篠原さんがおどけて笑う。佐藤くんは少し篠原さんを睨んで「余計なお世話です」と言ってフイッと横を向いた。

なんか、こういう姿見てると佐藤くんも高校生なんだって実感する。むしろ、なんだか可愛い。

そんなことを考えていると、篠原さんがいきなり立ち上がった。

「そうだ。そうだよ……! 二郎先生が実際に経験すればいいんだ! 」


????


「ねぇ、二郎先生、さくらちゃん……



2人で“お祭りデート”しよう!! 」



…………え!?




「「デ、デート!? 」」


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