噂・06
───どこから?
気配を辿りたいが微弱なためかなり集中しなければならない。
「凛凛、あの垣根の向こう側は何?」
感じる方向に眼差しを向けながらユリィは尋ねた。
自分たちとは色の違う白の上衣に紺色の
中には裙衣と同じ色の頭巾を被っている者もいる。
「あちらは内厨司へ続く通路です」
後宮、そして王族に配膳される食事を担当する部署があることをユリィは思い出した。
「あの宮女着の色はどこの配属なの?」
「あの服色は内厨司で働く宮女が身に付けるものです。女官は紺色の頭巾を着けています。今の時間は女官の指示で調理場の清掃や
「気になる気配を感じたの。追ってもいいかしら」
「はい。綵珪様用の食材は内厨司での受け取りですから」
意識を集中させながら進んでいくと視界の端に不穏な気配を放つ一人の宮女をみつけた。
伝わってくる呪意に緊張が走る。
ユリィは凛凛と配給の列に加わりながら遠巻きに様子をみることにした。
しばらくすると一人の女官が宮女に近寄って何やら耳打ちをした。
すると宮女は頷き袂から取り出した白い小さな包みを女官に手渡した。
女官はそれを受け取ると足早に路の奥へ消えた。
(間違いない、あの宮女……)
伝わる悪意に呪気が混ざる。
あの宮女は呪術の心得がある。
呪意の気配を隠さないところをみると長けた術者ではなさそうだが。
あんなに邪気をふりまいて。心得が多少あるだけの素人ならば逆に厄介だ。
邪心に蝕まれて《病み憑き》にならなければいいが。
(女官に渡していた包みも気になる)
「リイセイ!」
突然背後から声がして宮女に駆け寄る者がいた。
「探しちゃったよ、リイセ……っ、あ!」
内厨司の色服を着た宮女は小石にでも躓いたのか見事に転んだ。
その拍子に宮女の持っていた布袋から杏子が飛び出し、ユリィの足元に一つ転がってきた。
「凛凛、しばらくここにいて」
ユリィは早口にこう言って杏子を拾うと転んだ宮女に駆け寄った。
「大丈夫?」
ユリィは手を差し出して立ち上がらせ、埃で汚れた裙衣を払ってやった。
この宮女にも感じるものがあった。
近寄って確信する。ドクン、と心臓が跳ねる。
同時にユリィの中にいる貘霊の気が反応しているのを感じた。
この子は『悪夢持ち』だ。貘霊が美味しそうだと言っている。
貘霊のご飯を持ってる人間がみつかるなんて、
ユリィは宮女の顔を覚えるため、じっと見つめながら声をかけた。
「ずいぶん派手に転んだみたいだけど。怪我はない?」
「……ええ。大丈夫」
「───サラン」
呪意を纏った宮女が呆れたような声とため息を発してこちらに歩いて来た。
「リイセイ」
転んだ宮女───サランは近寄った背の高い宮女───リイセイを見上げ、とても嬉しそうに笑った。
「何をそんなに慌ててるの。あなたが慌てるとろくなことないんだから」
「だってリイセイ。今日の休憩時間は私と同じだって言ってたから。一緒に休憩したくて探したのよ。なのにあなたどこにもいないから……」
「まだ仕事中でしょ。ほらこれ」
リイセイは拾った杏子をサランに渡した。
「あ、あのね。この杏子は厨司から私たちへのお裾分けだって。傷んでるからお妃様たちの御膳には出せないんだって。このくらいの傷、まだまだ美味しく食べられるのにねぇ」
サランの視線と語尾がこちらに向いて、ユリィは少し驚きながらも言葉を返した。
「そうね。もったいないわね。───はい、これは私のところまで転がって来た分よ」
「それはあなたにあげるわ」
ユリィが差し出した杏子をサランは受け取らずに微笑んだ。
ありがとう、と言ってユリィが杏を袂へ仕舞うとサランが驚いたような声を上げた。
「その佩玉! あなたって慧麗宮の宮女なの⁉」
「ええ。そうだけど」
ユリィの返事に二人の顔つきが変わった。
特にリイセイの表情はそれまでの無表情から一転、ユリィの佩玉を目にした途端、ひどく驚いたような表情で眼差しをユリィへと向けた。
そんなリイセイを真っ直ぐに見つめ返すと、彼女は慌てたように目を逸らしサランに向いて言った。
「私、まだ仕事残ってるから。また後でね、サラン」
慌てた口調で告げると、リイセイはその場から走り去った。
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