幻獣・05




 綵珪はゆっくりと身体を起こしながらユリィに向いて言った。



「生憎だったな。俺はワケあって術が効かない身体なのだ」



(なんだって………⁉)



「呪には敏感だとも言ってましたね。それと関係があるんですか?」



「まぁ、そんなところだ。だが君はたとえ僅かでも俺に眠りの術をかけることができた。そして悪夢を消してくれた。………君の妖力には驚いたよ。悪夢を見ずに眠れる日がまたくるとは」



 ───完全に消えたわけじゃない。


 悪夢はまたそのうち見ることになると思うが………。



 なんだか悔しいので、今はまだ言わないことにした。





「いつも客の記憶を操作してるのか?」



「操作じゃありません。あれは催眠療法の一環です」



「今まで効かなかったのは俺だけか?」



「それがなにか?」



 不機嫌に聞き返すと、綵珪はなぜか微笑みながら答えた。



「そうか。ホクロの位置は俺だけが知っているというわけか」



 ───ぐあぁ~~~ッ。


(も~~!いちいち腹立つ野郎だな!)




「………そう睨むな。できれば今夜はもっと眠りたいのだが可能か?」



「眠気は続いてるのですね?」



「ああ、とても眠い」



「眠るだけでしたら可能かと。ただし先程とは違う方法で別料金になりますよ」



「愉しみ事は無しでいい。別料金でも構わない」




「わかりました。ではもう一度横になって目を閉じてください」



 綵珪が言われた通り横になると、ユリィは寝台へ上がりその傍らへ自身も身体を横たえた。



「………お、おぃ」



 ユリィの行動に綵珪は驚いたように目を開けて訊いた。



「愉しみ事は無しではなかったか?」



「単なる添い寝ですよ。これだけでも特別料金になりますから」



「これだけでも、か。………へぇ」



(何を想像してるのやら)



「ほら、目を閉じてくださいな」




「………ぁ、あぁ。わかった」



 綵珪は落ち着かない様子で目を閉じた。



(そんなにぎゅっと瞑らなくてもいいのに)



「緊張してるのですか?もっと肩の力を抜いてください」



 綵珪の顔を間近に眺め、なぜそんなに緊張するのか不思議に思いながら、ユリィは綵珪の腹の上に手を置き、幼子を寝かしつけるようにゆっくりと優しくトントンと叩きながら唄を口ずさんだ。



(眠気がある場合、これが一番よく効くかもな)



 子守唄は昔、蓮李がよく唄ってくれたものだ。



 世珠妖国に伝わるという古い子守唄は独特な発音を伴う。


 その響きには睡眠を促す作用があるらしい。


 赤ん坊や子供、大人なら疲労が多いほど効き目がある。



 催眠療法中、お客の眠りを保つために口ずさむときもあったが。



(こんなふうに寝かしつけるためにわざわざ唄うのは初めてだな)



 やれやれ、と思いながら一節唄い終えたとき、綵珪が訊いた。



「俺が眠ったら記憶を消す術をまた試すつもりか?」



 ユリィは「いいえ」と答えた。



「お客様にそう何度も術を試すわけにはいきません。効かない術なら尚更、なぜ効かないのか理由もわからずに試す行為は危険でもありますから」



「そうか。………なぁ、ユリィ」



 初めて名を呼ばれたことに少し戸惑い、ユリィはおもわずトントンする手を止めてしまいそうになる。




「帝城へ来てくれないか。今返事をもらうことは無理か?」



 瞼を閉じたまま呟く綵珪の顔をユリィはじっと見つめた。



 術が効かないワケありの王太子に従うことに多少の煩わしさもあるが。



 綵珪はまだ「悪夢持ち」だ。


 貘の餌は貴重なのでしっかり確保しておかねば。




「奇怪な姿の獣を見たこと、黙っていてくださるのなら………」



 見た記憶があるにも関わらず、貘霊のことについて追究しない綵珪の態度には、少なからず好感がもてるとユリィは感じた。



「約束する」



 綵珪はうっすらと瞼を開き、ユリィを見つめて言った。




 ユリィはそれに答えるように頷くと、また唄を口ずさんだ。




 やがて穏やかな寝息を立て始めた綵珪の身体に、ユリィはそっと薄布をかけた。



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