第8話 活動記録⑦

ラブレター通りに8時に校舎裏に向かっている。

誰かが騙しているのではないか、そう思ったが人との関わりを持とうとしなかったため、誰かが僕を騙すメリットがない。まあ好意を持たれる理由も分からないが。

そして、僕は校舎裏に着いた。


「ッ!?へっ?」


僕は驚き、硬直する。

そこにいたのは、鶴葉真季つるはまきさんだったから。


「良かった。もしかするとこないかなって思った」


「…行かないのは失礼ですからね」


「そっか」


と、短く言う。それきりお互い何も言わない。仕方がないので僕から話を切り出すことにした。


「それで、真季さん、あの手紙は?」


「あ、うん。あの手紙の通りだよ」


そして真季さんは一拍置いて、告げる。


「うちね、玲人君のことが好き。玲人君はうちが持ってないものを持ってる。気にしてる内にって、結構テンプレかな。それで、どうかな?」


僕の答えは、決まっている。これ以外はあり得ない。


「すいません。僕は真季さんと付き合うことは、できないです」


「…………玲人君は高鷺先輩が好き?」


少しの沈黙の後、真季さんは僕に問う。僕は数瞬躊躇いーー


「いいえ」


と述べた。でも何故か、真季さんは食い下がってきた。


「本当に?」


僕は硬直する。全てを見透かしているような、そんな目線に。

嘘をつき続けるのは簡単だ。このまま否定を続ければ押し通せる。でも僕は嘘をつき続けるよりも最低な選択をした。


「………そう、ですね。はい。僕は高鷺先輩のことが好きです」


僕は、これを、『自覚するきっかけ』に設定したのだ。そんなこともつゆ知らず、真季さん諦めたようにうな垂れた。


「そっか、そっかぁ…」


「はい。でもーーー




ーーー僕はこの気持ちを、『進ませよう』とは思いません」




僕はそう断言した。すると真季さんが驚愕したかの様に固まってしまった。


「『進みたい』と思わないって、このままでも十分だって言うの?」


「はい。今この日常が、心地がいいんです」


「でも!高鷺先輩は3年生、今日が終わったら部活引退だよ?」


「部活だけじゃないです。先輩がいない時間すらも、それに該当するんです」


「そう、なんだ…」


「はい。すいません」


沈黙が場を支配する。それを嫌ってか、真季さんが言葉を繋げる。


「い、いつか告白する、とか?」


「多分、そうだと思います。未来の僕が変化を求めないとは思わないので」


「そっか…」


「すいません」


もうこれ以上は、これしか言いようがない。これ以上言うことがあるとすれば。


「これだけは、言わせてください。真季さんの気持ちは本当に嬉しいです。ありがとうございます」


「あははっ、どういたしまして。…それじゃーねっ」


「…はい」


真季さんは少し辛そうな顔を隠す様に笑顔を作って、その場を去った。

僕はひとつため息をつき、教室には顔を出さず、部室に向かった。しかし珍しいことに先輩の姿はまだなかった。


「ま、先輩も完璧超人って訳じゃないし、一回くらいあるか」


というか今の今まで一回も先輩より先に来れてないという時点で先輩はすごいなと思うけど。決して僕が遅い訳ではない。本当だよ?ちゃんと10分前を心掛けているんだよ?遅れたこともない。

そんなことを一人でやっているとガラッとドアが開く音がした。


「あ、おはようございます。先輩」


「ん?ああ、おはよう」


「最後の最後で初めてですね、僕より遅いの」


「…確かに、君はいつも私の後だ」


「先輩が早すぎるんですよね」


僕がそう言うと高鷺先輩は狙っているからねと、笑いながら言った。何処と無く嬉しそうに。


「今日はどうするんですか?」


「何もしない。ただ、ここで過ごす」


「そうですか」


そう聞いた僕は鞄から本を取り出し読み始めた。それを先輩は不思議そうに見つめていた。


「…君もか?」


「僕は部の活動についてどうしますかと聞いたので」


「なるほど。別に君は君がしたいようにしたらいいよ」


「まあそれでも僕が取る行動は同じです」


そう言って先輩をちらりと見ると、今まで見たことのない、美しい微笑を浮かべ、僕をじっと見つめていた。僕は思わず見入ってしまった。見つめ合っている形になった。それでも僕は視線を外せずにいた。

すると意外にも先輩の方から気恥ずかしそうに視線を逸らした。

これは、想像以上にやばい。心拍数が上がる。


「どうした?」


「い、いえ、何でもないです」


僕は恥ずかしくなって本に視線を落とす。再びちらりと見ると先輩も本を読んでいた。いつもなら心地よいと感じるこの沈黙が、今日はなんだか、落ち着かなかった。

途中シフトで席を外すことがあったり、妹が部室に乱入したりあったが、基本的に会話という会話はなく、ただひたすらに静かだった。とうとう、チャイムが鳴る。午後5時のチャイムが。


「…終わりだな」


「そうですね」


「私は楽しかったよ。この部活」


「僕もです」


「帰ろうか」


「はい…………送りましょうか?」


「いいや、やめておこうかな」


「そうですか」


そこで会話が途切れ、僕たちはひたすらに歩くだけ。そして、校門を出たあたりで先輩が足を止めた。


「部活、続けるのか?」


「いいえ」


「そうか、残念だ」


「僕だけじゃ無理ですって」


「ふふっ、そうだな。君だけでは心配だ」


「……」


「……」


「勉強、頑張ってくださいね」


「君もな」


「はい。それでは」


「ああ」


お互いに背を向け、一歩、また一歩、歩いて行く。少し寂しさを、感じながら。


***


それから僕と先輩は会うことなく、いつの間にか新年を迎えていた。

僕は2階の桜の部屋以外を掃除し終え、桜に掃除をさせるために起こそうとしている。


「桜、起きろ、そして掃除して。一階の掃除したいから」


「私を気にせず一階の掃除よろ」


「後から桜がドタドタしたら埃が落ちてくるだろ。早く」


「うい…」


「終わったら一階に降りずに声をかけてくれ」


さて、僕は読書でもしようか。

………………。

……………。

…………。


「おにーちゃん」


「…終わったか?」


「私はやればできる子なので!」


「ん、じゃあ終わるまで2階で大人しくな」


「はーい」


さてと、始めますか。テキパキと効率良く隅々まで掃除する。そして史上最速で掃除が終わった。所要時間約1時間半。


「疲れた、桜ー?初詣行こうか?」


「あ、はーい。行く!」


うーん、僕はダウンコート着るだけでいっか。近所だし。僕は自分の部屋からダウンコートを引っ張りだし、着る。

その5分後さくらが桜が降りて来た。


「お待たせお兄ちゃん。早よ行こ!」


「そうだな」


今から初詣に向かう神社は徒歩10分未満。とても近い。住宅街の一角にあるるため、どこぞの神社みたいな長い階段などはない。だけど敷地自体はやや広めで、その他特徴のない神社だ。

まあ結局はなにも変哲も無いどこにでもありそうな普通の神社というわけだ。


「何でここに神社建てたんだろーね。外から見たらただの森だよ?」


「ここに神社を建てた訳じゃなく、神社の周りに家が建てられたと言うべきだね」


「あ、そっか」


雑談を交えながら列に並び、順が回ってくると、僕と桜はお辞儀して賽銭を入れ、鐘を鳴らし、二拝二拍手一拝それぞれ願いを込め、来た道を辿る。


「ん、あれは!愛華里ちゃん!」


「ん?愛華里ちゃん?…ってことは?」


先輩がいた。まあそのうん、ですよね!こうなった以上、挨拶をしなければ失礼だ。

僕は桜を追いかける。


「愛華里ちゃん!悠美さん明けましておめでとうございます!」


「桜ちゃん。お兄さん。明けましておめでとうございます」


「明けましておめでとう。桜ちゃん、怜人君」


「明けましておめでとうございます。高鷺先輩、愛華里ちゃん」


「怜人君たちも初詣かい?」


「はい。そうです」


「タイミングが良かったな。奇跡だ」


そう言って、先輩は嬉しそうに笑う。それを見て、久しぶりに、綺麗な笑顔を見て、鼓動が跳ね上がる。


「…先輩」


「ん、何かな」


「卒業式が終わったら、少し時間を貰えませんか?」


そう言うと、先輩は手帳を出して、予定の確認をする。


「奇跡だ。その日は丸一日暇だよ。少しと言わず、なんなら話込めるまである」


「それは、良かったです」


「うん。それではすまないが、私は今日用事があるんだ。愛華里は、どうする?」


「私も一緒に帰ろうかな」


「そっか、じゃあね!愛華里ちゃん!悠美さん!」


「それじゃ、また」


「ああ」


2人はどんどん遠くなり、次第に人混みに紛れ、見えなくなった。


「帰ろか」


「うん」


これが、新年一番最初の思い出。新年早々先輩に会えたのは、嬉しかった。


***


それからはまた連絡を取らない生活となった。仕方のないことだ。先輩が行く大学の経済学科に行くのはかなり勉強しなければならない。妹からは良いのではと言われるが、油断大敵。合格するまではあまり気を抜けない。そうこうしていると、卒業式間近となっていた。

うちの高校では、在校生はクラスから数人しか参加しない。そして参加するためには出たいと希望するしかない。ちなみに僕は希望した。大半が運動部の人でアウェイ感しかないが。

卒業式は感動的な雰囲気で進行する。正直に言えば、あまり卒業式の雰囲気を感じることができていない。僕からしてみれば別の意味で辛い時間だ。

故に生徒会長の送辞や、卒業生代表の答辞が頭に入らなかった。

そんな感じで余裕なく過ごした。するとあっという間に卒業生退場。卒業式が終わったのだ。それから少しばかり校門で待つ。卒業生は最後のHRの最中だ。先輩を待つこの時間が、永遠の様に感じる。だが、永遠など有らず、必ず時はやってくるものだ。


「やあ、玲人君」


「お久しぶりです先輩」


ただの挨拶。なのに、動悸が早くなる。以外に早かったなと思った。もう既に、変化を求める自分がいる。


「言っていたね。話があると」


「ええ、まあ」


ここで、沈黙。になった錯覚を覚える。実際は周りに人がおり、騒がしい。

声を発しようと口を開くも、すぐに閉じてしまう。それを繰り返すたびに動悸は更に激しくなっていく。

身を以て体験する。誰かを好きになると、辛い。それから解放されるためには、1つしかない。

そこで迷う。それをどの様に伝えるかを。普通に!普通に言えばいいんだ。ストレートに、ストレートに。今の気持ちをぶつけろ。僕は先輩とどうなりたい。よし、いけ。行くんだ橘玲人!


「僕と結婚しませんか?」


「えっ?」


え?

あー、何言ってんだ僕は!?

僕は慌てて訂正しようとした。が、遅い。


「ふふっ、いきなりプロポーズか。うん、いいよ。結婚しよう」


ざわざわと、周りの人が何か言ってる。テンパって何言ってるかわからないけど。


「えっと、先輩?」


「ん?」


「いいんですか?」


「条件はある」


「条件…」


先輩はいいとこのお嬢様だ。一体どんな条件が…


「名前で呼んで。その上でプロポーズし直してくれ。大きな声で」


あ、待って何気にきつくないか?あーもう勢いでどうにでもなれ!


「ッ…悠美先輩!僕と結婚してください!」


「ああ、喜んで」


顔を上げると、涙を流していた。それが嬉し涙だと、先輩の輝く笑顔を見てわかった。


「では行こうか」


「え?」


グイと手を握られ、引っ張られる。非力な僕はどうしようもなくなされるがまま。


「ちょ、行くって何処に!?」


「私の家だ」


***


結局、連れて行かれるがままに連れてこられた。


「今日は両親が出張でね。だから今日1日中暇なんだ。しかも愛華里も友達の家に泊まるそうだし」


「な、なるほど」


つつつまり、僕と先輩の2人しかいないのか!?プラス先輩と僕は結婚を約束してしまってて、となると、何だ?


「変なことは考えないようにな。使用人いるから」


「もちろんです」


セーフ。セーフだぞ。とりあえず使用人さんがもてなしてくれるがままに過ごした。

ナイフとフォークで肉を食べるのに慣れていなく、苦戦したが、何とかなった。

それから半強制的にお泊まりすることとなり、今日から数日は両親が帰ってくるので妹や家の事は任せるとメールを送った。

着替えなどは先輩のお父様のものを使用させてもらった。恐れ多くもあったが、致し方ない。

寝室に至っては空き部屋があるだろうに、先輩の部屋で寝なければならなくなった。


「えっと、先輩?」


「何だ?」


「いやーそのー、ソファーで寝ても?」


「ダメだ。今日君は私の抱き枕なのだからな」


「アッハイ」


時刻は既に11時を回っている。寝たいのは山々だが、気が引けるなあ。


「玲人君、早く」


「…はい」


どうやら何をやっても無駄らしい。さっき逃げようとしたけど秒で使用人に捕まったし。

もう覚悟を決めよう。僕は少し距離を置いて先輩に背を向けて寝る。

するとすぐに背中に柔らかい感触が押し寄せ、腰に手を回される。


「寂しいだろう」


「…すいません」


そんな弱々しい言い方をされると、謝るしかなくなる。


「君は、君は何故私を好きになったんだ?」


「…実を言えば、僕は女性が苦手という事はありません。あの時言った事は事実ですが、苦手にはならなかった。普通の男子生徒だったんです。その時点で一目惚れしない理由がありませんよ。背が高くて、顔が整っていて美しく、髪は手入れが行き届いて、性格がいい、なんて。理想そのものだ」


「でも君は、自分を良く見せようとしなかった。何故だ?」


「自分を良く見せる事が出来る程器用じゃないってのもありますけど、結局今は良く見せていたら、後になって失望させるじゃないですか」


僕と先輩の体勢は未だ変わらない。だからこそ細かな反応が伝わってくる。

嬉しそうに、ほんの少しだけ腰に回された腕に力が入る。動悸は互いに激しい。


「せっ、先輩は、何故承諾したんですか?」


「今まで告白してきた男達にはないものしか、君は持っていなかった」


「それは高く評価し過ぎでは?」


「そうかもしれないな。でも、私から見ればそう見えた。君の心は冷たくて、暖かい。自分を飾らず、無駄な会話をしない。恋した事に自覚しようとしない。それでいてきっと多分甲斐性がある」


「矛盾と悪口と妄想がはいってますけど?」


そう言いながら先輩の腕を解き、真っ直ぐ先輩の目を見る。ランプが点いているがはっきりと見えない美しい顔を。

すっと、先輩が目線を外す。

きっと多分甲斐性がある、か。甲斐性があるなしがよくわからないんだけど。

僕は先輩に覆い被さる。先輩は生唾を飲み込み、目を瞑る。

貪りたい。僕は迷いや躊躇なく、先輩と唇を重ねた。


***


夜中。僕は眠れていなかった。


「先輩」


なんとなく呼んでみる。きっと返事はないだろうけど。


「………寝れないのか?」


「あ、はい。あの、質問しても?」


「ん、いいよ」


「なんで恋倫部を発足したんですか?」


「…見つけたかった。答えを」


「答え?」


僕は何のことを言っているのかわからず、寝返りを打って先輩の方を向き直る。


「男からの下衆な視線を向けたり、欲望丸見えのやつが多くてね、だんだんとわかなくなったんだ。好きになるって何なんだってね」


「でも僕のは事実を書いてそれっぽくまとめただけですよ?」


「それでも1つの答えじゃないか。私が諦めた問題の答えを、君は導き出したんだ」


ぎゅっと、僕を抱く先輩の腕に力が入る。


「先輩が諦めていたら、僕は今ここにいないと思いますよ」


「…え?」


「先輩が諦めずに答えを考え続けたからこそ、僕に出会ったのではと思うので」


そう言うと、先輩の僕に抱きつく力が弱まった。だから今度は僕が先輩を優しく抱きしめた。


「私は、私にはその論理がわからないよ」


「それならそれでいいんじゃないですか?答えは出ました。なら次に進みましょう」


「次?」


「はい。これからもずっと、一緒にいましょう。一緒に同じ物を共有していきましょう」


「………ああ、そうだな。私も、ずっと君と一緒にいたいよ」


そのすぐ後、小さく嗚咽が聞こえた。だから僕はそれが止むまで背中をさすっていた。

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