魔術は金になる?

 カナリウスはペッシュに多額の借金をしている。それはカナリウスの私軍の維持に使われ、食料の購入などに充てられていた。


「ここでお話をしても?」

「――家に入れ」


 横柄な態度のカナリウスだが、焦りの色は隠せていない。そそくさと家に入り、セニーリも追随する。後ろから奴隷の女もついてくる。

 中に入ると居間に通され、カナリウスが振り向く。

 セニーリはそれとなく部屋を見回す、外観よりも整ったものだが調度品などは少なく、質もペッシュの店にあるものより数段劣る。

 カナリウスが話し出す雰囲気を察してセニーリも姿勢を正す。


「それで要件は」

「今月分の返金がまだとなっておりまして……」

「……ふん」


 あからさまに不機嫌になるカナリウス。


「これだから商人は、すぐに金だ金だと……」

「ですが約束ですから」

「わかっている、それで額は」


 セニーリはペッシュに言われた金額……、よりも少しばかり“盛って”話す。


「大金貨三十枚です」


 大金貨は金貨の十倍ほどの価値があり、三十枚あれば数十人規模の軍団を数カ月は食べさせられるだろう。


「馬鹿な! そんなわけがないだろう!」

「返金が滞っておりますので、少々の“手間賃”が」

「――」


 唖然としているカナリウス。セニーリも無茶を言っているのは承知だ。だがカナリウスが借金をしばらく返していないのは事実で、セニーリの目的にはこうしたほうが都合がいい。


「返せないようでしたらそれに変わる品でもよいのですが……」


 そう言いながらセニーリは物色する。かなり不躾な態度だが、強引にやらねば証拠は見つけられない。


「なにをしている!」

「ふむふむ」


そしてセニーリの頭ぐらいの位置にある戸棚を見つけ、近寄る。半分空いているそこからは布が垂れており、奥に輝きがあった。


「これは……」

「おいやめろ、待て!」


 セニーリが開いたそこには珍妙な物品がごろごろと並んでいた。

 獣の尻尾、鹿の角になにがしかの毛皮。色のついた石など。これらはわかりやすい魔術の儀式用の品だ。

 間違ってはいけないのがこれらは『世間が思う魔術』に使われるものであって、本来のものとはかけ離れている。実際に使うこともあるが、これらは本物の魔術師に言わせれば『統一性』がない。

 多くの人が誤解していることが、魔術と邪教の混同だ。魔術は科学に近く、神秘を追求する技法に他ならない。

 しかしここではわざとらしく反応してみせる。


「うわわ!」

「――おい!」


 カナリウスがセニーリの肩を掴んで棚から引き離す。その際に魔術用品が落ちる。それを恨めしそうに見ながらセニーリを睨みつけた。

 だがセニーリは動転したフリを続ける。


「ま、まさか……! 魔じゅ――」

「……このっ」


 セニーリは気がついていない、カナリウスは横のテーブルから燭台を掴んで振りかぶっていることに。

 しかしその時部屋に二人以外の声がした。


「すみません、カナリウス様はおられますか?」

「……誰だ」


 カナリウスは誰何するとそこにいたのはペッシュだ。


「ああ、お取り込み中でしたか」

「ペッシュ様! カナリウス様が魔術を……!」


 セニーリが青ざめた顔でペッシュに駆け寄る。


「魔術……?」


 訝しげにカナリウスを見たペッシュ。カナリウスは目をそらし、つぶやくように話す。


「借金の話だろう」

「ええそうですが……」

「二十枚ならば今すぐ払える、それで勘弁してくれ」

「ペッシュ様……」

「まあいいでしょう」


 そうして奴隷に金貨を取りに行かせ、間もなく袋を手にしてやってきた。ペッシュは受け取り中身を確認する。


「確かに二十枚、受け取りました」

「もういい、帰ってくれ」

「そうしましょう、セニーリ行きますよ」

「いいのですか?」


 それに構わないと返事したペッシュはセニーリを連れて家を出た。

 そこから離れたところまで歩くと、セニーリが口を開いた。


「あれでよかったのか?」

「いいんだよ」

「魔術は止めてないけども」

「いいんだよ、目的は果たしたからな」


 そう言って金貨が入っている袋を手で動かす。


「あいつが偽の魔術師に縋ってるのはわかっていたしな、そこを強請ればすぐに払うだろうと。それであいつとは手を切るよ」

「なんで偽だとわかる?」


 それを尋ねられ、ペッシュがキョトンとする。


「だって、本物ならもっと稼いでるだろ」

「……確かに」


 そうやって笑うペッシュだが、真面目な顔になり話し出す。


「けど頼むぜ、後の二人は俺も助けられねえからな」

「なんで」

「このあと用事があるんだよ」

「……女か?」


 返答はせずにペッシュが去っていく。おおかた予想通りだろうと思いつつセニーリは見送ってから、次の目的地を目指す。

 残り二人、果たしてそこに本物の魔術はあるのだろうか。

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