古強者

 声の先にある一人の偉丈夫、ガークに勝るとも劣らぬ背丈に鎧の合間から見える腕などの膨らんだ筋肉と鋭い眼光。そして何よりも目を引く長い銀髪。白く輝く銀は神々しさすら感じさせる。だがこれらの特徴をもってなお人々が注目するのは彼の“種族”。

 顔の輪郭になぞり生えている髪色より少し濃い銀色の顔毛、これはここより西に多く住まうという『グリア人』の特徴である。かつては遊牧の民であったとされ特に昔、彼方から来て元々この地に住まう人種と争った武装集団をルーヴィングと呼ぶ。今では彼らだけの国を作っていてクルマーリュ含むジン帝国とはなんども闘いを繰り広げている。子どもたちは親から悪いことをするとルーヴィングが襲いに来る、などとしつけに使うほど人々は脅威に思っている。

 グリア人を見分ける方法は簡単で、一つはその体格。女であっても他の人間種より大きなものが多く、男はさらにたくましく小山に例えられるほど。もう一つが顔の輪郭まで生えている体毛。野生動物に近い雰囲気をだすその顔を見れば大の大人ですら裸足で逃げ出す。

 鍛え上げられたグリア人の戦士は一般兵士三人分とも言われ、一度戦場に現れれば猛威を振るう。だが今やすっかりグリア人はここいらで見なくなり、人々はその驚異を遠いものに感じていた。

 だがこうして間近に見て彼を恐れないものはいないだろう、ガークも油断ならぬ目でそれを見据え声を張り上げ話しかけた。


「何用だ、グリアの民よ」

「……ここで祭りがあると聞いて」


 男はカタコトで返す。これによりこの男がクルマーリュおよび周辺諸国から来たわけでないことがわかる。だが言葉がわかるというのはガークたちにとっては僥倖である。コミュニケーションを取る気があるのだから。


「祭りだと? 今日はゴップ様が御わす天覧試合しかやっておらぬ」

「俺が聞いた話では腕に自信があらば来るもの拒まず、ということだが」


 確かに、今回はより優れた戦士を選抜するためにこれまでになく広域に通達を出した。王国に目をつけられかねないが、状況が許容すると強気に出たのだ。それが裏目に出たのかとガークは歯噛みする。グリア人などお呼びではないのだ。


「それで、混ぜてくれるのか?」

「……決めるのは儂ではなく、ゴップ様だ」


 そう言うとガークは振り返り、まずはピールに支持を仰ぐ。ピールもまた振り返り、ゴップに近づく。


「どうします、ゴップ様?」

「グリア人の戦士、無理に突っぱねるのは賢い選択ではあるまい」

「では許可を?」

「うむ、だがその前に……」


 ゴップは立ち上がり、天幕から出てピールがいた木台の上に立つ。そうしてグリア人の男へと話しかける。


「私は一度決めたことを反故にするのが何よりも嫌いだ、ゆえに参加を拒否するようなことはしない。たとえそれが異国のものであってもだ」

「なによりだ」


 ピールとガークがピクリとする。両者ともに思ったのが、礼儀がなっていないこと。それはこの国の言葉に不慣れが理由ではなく、グリア人がプライドの高い人種であるからだと知っていた。

 彼らは強さに重きを置き、年が上であっても自分より弱いものへの敬意は一切示さない。これが他の人間社会と相容れない原因でもある。

 ゴップは長年の経験から、表情に思いを出さずに話し続ける。


「だがこの試合はただ己の腕を競うためのものにあらず」

「……?」

「この試合で武勇を示したものに対して、最大の名誉。つまり我が国への忠誠とそれに対する権利を与えるものである。それは税の免除であり、戦士としての誉れでもある」

「俺に仕えろと」


 グリアの男に、表情の変化は見えないが納得している様子はない。


「嫌であれば去るが良い、ここにお前の求めるものはない」

「……そうだな、じゃあこうしよう」


 男は親指を自分自身へと向けた。


「ここにいる誰でもいい、俺に勝てたら仕えるなりなんなりしてやる」


 ゴップにとって予想通りの反応、グリア人にとってはこれが普通なのだ。しかし少しだけ黙って思案する。リスクもあるが、グリア人の兵士を囲えることは大きなメリットだ。

 顔を上げ、ゴップが群衆たちに向かって呼びかける。


「聞こえるか、クルマーリュの男たち! ここにその武を打ち立てるものはいるか! この男を倒した暁には近衛に取り立てよう!」


 おお、と人々が口にするが手を挙げる者はいない。

 その様子を見ていたセニーリを茶化していた男が突く。


「行ってみたらどうだ?」


 しかし返事は帰ってこず、セニーリはグリア人の男をぼうっと見ていた。その口からは小声が漏れていたが男には聞き取れなかった。


「……これだ」




 闘技場に静けさの広がる中、ガークが大きくため息を付いた。


「クルマーリュもここまで堕ちたか、先が思いやられるわ」


 大槌を杖代わりにしていたガークが再びそれを肩に担いで闘技場に入る。


「儂が相手でいいか」

「ああ、俺もあんたが来ると思っていたよ」


 ガークはゴップに許可を仰ぎ、ゴップも首を縦に振る。そうしながら内心でため息を吐いた。兵士の質の低下は思ったよりも深刻らしい。


「まったく、なかなか引退できんわい」

「ここまでに他にも相手していたらしいが、体力は十分か? おじいちゃん」


 むっとしたガークだが、戦い前の挨拶だと思い受け流す。


「小僧に心配されるほどやわじゃないわ」

「なら結構」


 ガークは相対する男を眺め、武装を確認する。

 銀髪の男はグリア人の戦士が纏うのは個性的な鎧、魔獣の毛皮が節々にあしらわれ体の覆い箇所が少なめである。これはグリア人がゲリラを好むのと、肉体能力への自信から機動力を選ぶからである。

 そして気になるのは腰に刺した剣、それと“右腕”につけた丸盾。


「剣は抜かないのか」

「これは『予備』だ」

「うむ?」

「俺の得物はこれだ」


 そういい男は盾をコンコンと叩き金属音が響く、それでガークはその盾が半端な作りではないことがわかる。大きさこそ通常の胴を隠せる直径六十センチ程度のものだが、硬さはその限りではなさそうだ。


「そうだ、名を聞いていなかった。儂はガーク、破壊王などと呼ばれておるがなんの、ただの老兵よ」

「ダン」


 短く告げるグリア人の男、改めダン。彼はすでに戦闘態勢に入っており、会話も端的である。

 だがガークは軽く振り向き、ピークに合図を送る。ピークもうなずき手を上げ、そして声を放つ。


「両者とも、誇りある戦いを期待する。……始め!」

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