窘める男

「無駄なことややめなさい」

「え?」


 憐みの表情をポールに投げかける男。


「新入りだね?」


 無言で頷いた。

 男は常に周囲への警戒を解かないまま、ゆっくりと話し始めた。彼女が殺人鬼に捕まるのは三回目であり、この世界ではそれが完全なる消滅を意味することを。


 脱出するために必要なことはパメラから聞いていた。それを実行すれば確実に出だれるかどうか尋ねたら、「間違いない」と返された。

 どうして確証が持てるのかという問いに対しては、それがこの世界のルールだからとのこと。ポールは納得できなかった。誰がそのルールを決めたのか──


 先達からの口伝──その一言で片づけられはしない。


 ポールが不満をあらわにしていると、あの悪寒が全身を襲う。急に表情の変わった彼を見て、男は状況を察した。物音を立てないよう細心の注意を払って、危機を脱するまでじっと堪える。

 二十メートル先にある木々の間を足早に左から右へ通り過ぎるのを確認すると、ポールは深いため息をついた。


「危機察知に長けているようだね」

「というと?」

「君が気づいたとき、俺は何も感じなかったから」


 言われてみると不思議だ。何故目視で確認できる前から奴が近づくのが判ったのだろうか。


「トミーだ」


 男はポールに右手を差し出した。

 その手をしっかり握りながら「僕はポール。よろしく」と答えた。


 絶望的な状況下で柔らかい空気が流れた。トミーはポールがまだ知らない事実を告げていく。


「例の機械は全部で5つ。そのすべてのプログラムを作動させる必要がある。既に3つは完了している」

「じゃあ、パメラと直していた機械があと少しだったから、もうちょっとですね」

「ああ」


 ゆっくりと先ほど作業していたところへと戻りはじめる。


「トミーさんは記憶ってありますか?」

「どうした、藪から棒に」

「いえ……ここに来る前のことをほとんど憶えていないので」


 少しの沈黙。


「俺も綺麗さっぱり忘れてる。最初の頃はぼんやりとしたものだったが、時間とともに風化していく。記憶なんてそんなもんだろう」

「すごいあっさりしているんですね」

「そうやって割り切っていかないと、ここでは生き残ることができそうもないからな」


 トミーの表情は少し寂しそうだったが、その眼には強い光が宿っていた。

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