第32話 賭け


「……遊戯ゲーム?」

「何やらお互いに譲歩する気のない言い合いをしているとお聞きしました。しかしこの迷宮では殴り合い殺し合いなどという無粋なものは禁止されております」


まぁ、確かにお互いの意見が反発し交渉が決裂した時に起こるのが戦争と言われているぐらいだ。今までの話の流れでは必ず戦う事になっていただろう。

ディーラーと名乗る人間らしきもの?に向き直る。


「貴女の方が些か不躾ではないか?他人の争いごとに一々首を突っ込んでくるとは迷惑極まりない。その首がはねられない様、精々気をつけておけ」

「心得ておきましょう。しかし、迷宮には迷宮なりの規制ルールが御座います。『郷に入っては剛に従え』ともあります故、是非従っていただけると幸いです」


嫌味にも全く反応せず、淡々と返すディーラー。その態度も、人形の様な細い身体も自分の意思が感じられなかった。まるで決められている台詞を話している様な感覚。マリオネットと会話している気分だ、気持ちのいいものではない。ディーラーは話し続ける。


「しかしこの迷宮には戦闘の代わりに、遊戯ゲームをして勝敗を決めるという規制ルールが御座います。相手を意のままにしたくば、この遊戯で勝てば良いのです」

「お前らの言いなりになるのは性に合わないが、俺達は此処から先に進めればそれで良い」

「それならば貴方を遊戯に参加する競技者プレイヤーとして認めます。そちらのお嬢様方はどう致しますか?」


指を差された方向へ目線をやると、エミリーがニコニコとした表情で立っていた。なぜか、口角は上がっており目尻も下がっており顔全体で喜びを表現している。


「えっへん!!こうみえてわたし、ゲームは じょうずなんだよ!」

「エミリーも参加したいんですか?」

「うん!おもしろそーだもん!」

「はぁ……、わかりましたよ。貴方のことです、一度言い出したら聞かないのは目に見えていますから」

「むぅ〜!しつれいな!」


どうやらご立腹らしく、顔を明後日の方向へ向けてしまった。エミリーの足元に居る子ドラも真似をし、フイッと顔をそらす。まるで自分を忘れるな、と言っている様だ。


「エミリーと子ドラも参加する。こちらからは三人参加だ」

「では全員でベットする意思があると見なし、競技人数を三に決定致します」

「ベット?おふとん?みんなでねるの?」

「カジノ用語ですよ。意味はこちらのチップや金を賭ける。つまり、賭けに参加するという事です」


カジノなんて遊ぶのは何年振りだろうか。前世ではあまり遊べなかった為、自分が強いのか弱いのか全くわからない。しかしここで足止めを食らうよりは賭けに出た方が良いはずだ。


「こちらからは俺一人だ」


敵側からはポロスだけが遊戯に参加する様だ。しかし余裕そうな笑みから察するに、相当俺達は舐められているらしい。確かに見た目は子供だが実年齢はお前の十倍はあるぞ、と叫びたくなる気分だ。


「番人側からの競技人数を一と決定します。では話し合いから、お互いにベットする物を決めましょう」

「金か……、あまり手持ちがないな」

「おこづかい くらいしかないねー」


確かに自分達の持っている金額では、一試合するだけでギリギリだ。数回すれば相手が連続で惨敗してくれない限り、赤字必須なのは目に見えている。


「手持ちの物であれば何でもベットして下さって結構です。服や装飾品、食料などもベット可能です」

「俺は何でも良いぜ。お前がベット内容を適当に釣り合うようしてくれ」


ポロスは二本目になる煙草を咥え、火をつける。またしても嫌な臭いが鼻を刺激した。この遊戯に興味が無いのか、はたまた演技なのか。腹の底が全く読めない。


「……では俺達からお前にこの世界に対する全ての情報提供と、協力を求めたい」

「ふ〜ん。それで俺の方からのベットは?」

「その時は俺に暴力でもなんでも振ってくれて構わない」

「……それじゃあつまんねぇな」


ポロスは腰掛けていたイスから立ち上がり、俺のすぐ近くにある机に腰をかけた。メシリ、と机の小さな悲鳴が聞こえる。


「暴力なんてそんなつまんねぇモンに、情報やら協力やらが釣り合うわけねぇだろ。俺達はこの迷宮については知り尽くしている。賭けるならもっと価値のあるものを賭けろ」

「レイズしろ、と言うか。じゃあ何が釣り合うんだ。命の一つでも賭けてみせろ、と?」

「そうだ、でないと面白くねぇ。どうせやるなら徹底的に殺ろうぜ。今丁度、苛々してるからよ」


ギラギラ、と先程まで光のなかった瞳に光が灯される。その瞳は人間の理性的な瞳とは程遠い獣の目をしていた。今の身体では一方的に食い殺されてしまいそうだ。


「気分で人に命を賭けさせるな……と言いたいところだが他に賭けるアテもない。このちっぽけな命で良ければ存分に賭けよう」

「おぉ、男前だな」

「情報と協力は確実なモノだろうな?虚勢であればその場で剣のサビにしてやる」

「それは安心してくれ。おっさんがスマートで完璧にサポートしてやるからよ」


ポロスは先程の言動から一転、ヘラヘラと笑いながらイスに座り直した。背後にいたエミリーはポロスに怯えているのか未だに震えた掌で、俺の手を掴んでくる。

しかしディーラーはそれに構う事なく、淡々とした口調で進行をするのだ。改めて人間では無いだろう、と考えさせられる。


「ではお互いにコール──賭けに乗る事───ですね?では遊戯を始めます。楽しい遊戯にしましょう」

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