その天井画の下にて

***


 小さい頃に通っていた歯科医院の天井には、寝転がった子供から見えるようにアニメのポスターなんかが貼ってあったものだけれど、我が社の天井には、そのようなストーリーが漫画仕立てで綴られていた。

 労働は適度に真面目に、という教訓話だろうか。


「頭おかしいんじゃないですか?」


 配属初日、僕は先輩に尋ねた。


「でもこれ、実話なのよね」


 先輩は困った顔でそのように答えた。

 冗談にしても頭はおかしいし、実話だったらもっとおかしい。


「それでこの人、どうなったんです?」

「どうって、どうも? あー、えっと、隔離はされたわよ」

「随分詳しいですね、先輩」

「まあ、色々あってねぇ」


 その話はそこで終わって、そのままだ。


 社員の労働環境向上のため、各社員の使用する事務机は背凭れ側に十分なスペースがあり、事務椅子はふかふかで、完全にリクライニングする物を採用している。休憩のために伸びをすれば、天井だって見える。自分の席から見えるコマの範囲は限度があるから、移動せずにそのストーリーの全容を知ることは難しいが。僕の席の真上にあるのは、作業着の人々が一列に並んで、穴を掘っている俯瞰図だ。何これって感ある。

 いや、全編読んでも尻切れトンボなんだけど……。


「適当に切り上げて、早く帰りなよ」


 隣席の先輩は帰り支度をしながら、本格的に残業に入った僕を見た。


「今、保存処理埋め戻しに入ったとこです」


 処理を走らせたまま机上を片付け、満足そうに頷く先輩を見送った。周囲の同僚も続々と帰り支度を始めている。

 保存処理が終わるまで、あと五分はかかるだろう。


 僕は椅子を倒して天井を見上げた。

 いつも通り、主人公は懸命に穴を掘っている。


 よく判らないけど、ああいう人もいるんだろう。

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