【特別短編】義理チョコはあげません

 ――これは俺とミルが田舎の地方都市、ロンドラルに家を買って暮らすようになってから、少し経ったある日のこと。




 自宅の一階を事務所に改装して始めたレベリングサポート業者だが、今日も変わらず依頼人はゼロだ。

 もっと繁盛する予定だったんだが、どうしてこうなった。

 デスクの前に座り、暇すぎる故にぼーっと天井を眺める俺。

 今日も一日、何事もなく陽が暮れそうだな……と虚しい考えを頭によぎらせていると。


「よいしょ……ただいま帰りました」


 買い出しに行くと言っていたミルが、帰宅した。

 俺は視線をミルの方へと向けつつ、答える。


「おーう……お帰り」


「まったく、元ニートらしくすっかり怠けきってますねえ……今日もお客さん来なかったんですか?」


 両手いっぱいに買い物袋を抱えたミルは、それらの袋をひとまず適当な机の上に置いてから、ジト目でこっちを見てくる。 


「まあな。それよりなんだその荷物。今日の夕飯にしては多くないか?」


「ああ、これですか……もしかしてユッキー、明日が何の日か知らないんですか?」 


 俺の問いに対し、ミルは何かに気づいたような顔をすると。

 にやりと面倒くさそうな笑みを浮かべて尋ね返してきた。


「……客が来なくて一日暇な日?」


「それは今日です。あと昨日もですね」


「一昨日もその前もそうだな」


「ええそうですね……って、どうしてお客さんが来ないことを平然と受け入れてるんですか! もう少し危機感を持ってください!」


 淡々と事実を語る俺に対し、ミルは声を大にしてツッコミを入れてきた。

 その後すぐ、やれやれと疲れたように肩を落として。


「仕事の話はさておき……私が言いたかったのは、明日はバレンタインデーだってことです」


「バレンタインって……異世界にもあるのか? いやそもそも、この世界って俺が元いた世界とは暦が違ったような……」


 次々と湧いてくる疑問を口にする俺を、デスク前に歩み寄ってきたミルは手で制してきた。


「ユッキーの言う通り、こっちの世界にはバレンタインデーとかチョコを配る文化はありませんし、暦自体違うので二月十四日という日付自体が存在しません……が!」


「……が?」


「ユッキーが元々いた世界であり、生まれ育った日本では……今日は二月十三日。つまり明日がバレンタインデーなんです」


 説明を終え、ふふんとドヤ顔を浮かべるミル。

 俺はなるほどと相槌を打ちながらも。


「それが結局どうしたっていうんだよ。向こうの世界のこととか、異世界転生した俺には関係ないだろ」


「確かに、非モテ童貞であり前世から引き続き彼女いない歴=年齢を継続中のユッキーにとっては、無縁なイベントかもしれませんね」


 訝しむ俺に、ミルは小馬鹿にした笑みを向けてくるが。


「いや、言うほど無縁ってことはなかったぞ」


「えっ」


 心底意外そうな反応を見せるミル。失礼な奴だ。


「その時期になると大抵、ネトゲの経験値倍率アップイベントが開催されるから、良い稼ぎ時だったんだよ」


「ああ、なるほど……まあユッキーですし、どうせそんな話だろうとは思いましたよ」


 俺の話を聞いたミルは安堵したように息を吐いた後、再び嘲笑を浮かべると。


「一つお聞きしますがユッキー……バレンタインに、チョコを貰ったことはありますか?」


「……ないけど?」


「お義母さまくらいからは貰ったりしたんじゃないですか?」


「ない。義理チョコを貰った経験なんて一度もないな。クラス全員に配り歩いてるような女子からのも、俺だけ避けられてた」


 別に大したことだとは捉えていないので、あくまで淡々と俺は語るが。


「一度もない……?」


 ミルは大袈裟に憐れむような仕草を取って。


「今までの人生で、たった一個の義理チョコすら貰ったことがないんですか?」


 わざわざその事実を……俺が別に気にしていないその事実を、言葉にした。


「じゃあお前が義理チョコくれるのかよ。察するにそこの大荷物も、チョコの材料とかなんだろ?」


「まあその通りですけど……だからって、どうして私がユッキーに義理チョコをあげないといけないんですか」


 そう言って、ミルは呆れた顔を浮かべた。


「そういうのは、ご近所さんに配る用です。やれやれまったく、何を勘違いしてるんですかユッキーは」


 ため息混じりにそう言うと、ミルは買い物袋を再び手に取り、居住スペースである二階へと上がっていった。

 ……わざわざ思わせぶりに話を振ってきて、この扱い。

 期待させて落とすとか、どういうつもりなんだあいつは。




 翌早朝。

 二階の寝室で就寝していた俺だったが、空いた小腹に耐えかねて、目を覚ました。

 気怠い身体を引き摺るように歩いて、厨房に向かうと。


 そこには、直前まで調理をしていた痕跡と、漂う甘い香り。

 そして、一口サイズのチョコが大量に並べられていた。


 ……これが昨日言っていた、バレンタインのチョコレートか。

 俺にはあげないとミルは言っていたが、これだけあるなら一つくらい食べても罰は当たらないだろう。


「それは異文化交流兼お付き合いとしてご近所さんにあげる用なので、ユッキーは食べちゃダメです。昨日も言ったじゃないですか、ユッキーにあげる義理チョコはないって」


 つまみ食いしようと俺がチョコに手を伸ばしたその時。

 背後から、ミルがやってきた。

 振り向いて見れば、ミルはその手に、チョコを入れる用と思しき小瓶を入れた籠を提げている。 


「……数はあるんだし、一個くらい恵んでくれてもいいだろ」


 そう抗議する俺に、ミルは何故か微笑を浮かべると、小瓶の入った籠を調理台に置き、ミトンを手に着けて。


「ユッキーのはこっちです」


 魔力オーブンからあるものを取り出して、台に置いた。


「これは……?」


「フォンダンショコラ、ですね」


 カップに入ったチョコレートケーキのようなそれを、ミルは得意げに見せつけてくる。

 フォンダンショコラ、ってことは生地の中から溶けたチョコが出てきたりするんだろう。

 ……心なしか、他よりも手間がかけられているような。


「どうして無言で見てるんですか……食べていいんですよ?」


「お、おう。ありがとう……?」


 ミルが差し出してきたスプーンを、戸惑いながらも受け取る俺。


「とにかくこっちがユッキー用なので……食べたら後で感想聞かせてくださいね?」


 ミルは目を逸らしながら、そわそわと妙に落ち着かない様子でそう言うと、早足で厨房を出ていってしまった。

 一人取り残された俺は、首を傾げて。


「どういう風の吹き回しだ……?」


 どうして俺に義理チョコをあげないといけないのか、くらいのことを言っていたのに。

 結局くれるとか、よく分からない奴だ。

 何にせよ、くれるというならありがたく頂こう。

 ミルが置いていったフォンダンショコラを、俺はスプーンで一掬い、口に運ぶ。

 ……甘い。




◆◆◆◆◆


思い付きで書いたけど間に合わなかった。

本編とは切り離してお楽しみいただければ幸いです。

次回40話の更新は週明けを予定しています。



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